第十話「魔族と人間の距離」
魔王城に来て一ヶ月が経った。
最初の頃は、廊下で行き会うたびに魔族の皆さんが素早く壁に張り付いて私を迂回していたのが、今では「よう、人間」と声をかけてくれるようになった。
【竜族の長老・ヴェルデ様】は、温泉で「孫の手を貸してくれ」と頼んでくるようになった。
【荒野の大狼・クロウ】は、私が作る肉パンが目当てで毎昼食堂に顔を出すようになった。
【吸血鬼の侍女・ミア】は、私の縫い物の腕前を見て「ドレスの裾上げを頼みたい」と言ってきた。
そして——【魔王カイゼル様】は。
「……ルナ」
ある夕方、廊下でぱったりと会って、立ち止まった。
いつもは「邪魔だ」と言いながら素通りするのに、今日は立ち止まっている。
「はい、どうかされましたか?」
「……その」
長い沈黙。
カイゼル様は、わずかに視線を動かした。
「夕食後に少し外に出る。……ついてくるか」
私はきょとんとした。
「……散歩ですか?」
「違う。城壁の見回りだ。護衛のような感じだ」
「でも、私が護衛になっても意味がないです。私は戦えませんよ?」
「……わかってる」
また沈黙。
「……要するに、一緒に来るかと聞いている」
私は少しだけ考えて、頷いた。
「ぜひ」
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夜の魔界は、美しかった。
二つの月が、城壁の向こうに広がる黒い地平線を照らしている。
地面から湧く霧は青白く光り、まるで地上の星のようだ。
「綺麗ですね」
「……ここを綺麗だという人間は初めて見た」
「でも本当に綺麗じゃないですか。この霧の光り方、王都では見られません」
カイゼル様は少し黙って、同じ方向を見た。
「……昔は怖かった。子どもの頃、この霧を見るといつも怖かったのを覚えている」
「今は?」
「……今は、そうでもない。慣れた」
私は月をしばらく眺めてから、横顔を見上げた。
「カイゼル様も、子どもの頃があったんですね」
「……当たり前だ」
「なんとなく、ずっとあのままのような気がしていたので」
「……失礼な奴だ」
でも怒鳴らなかった。
むしろ、口の端が少しだけ上がっているような気がした。
我々は城壁の上をゆっくり歩いた。
会話は少なかったけれど、沈黙は苦しくなかった。
これが、一番の変化かもしれない。
最初はこの城に「在ることを許された存在」として来た私が——今は、ここに「居たいと思う理由」ができていた。
第十話 完
お読みいただき、ありがとうございます!
第10話まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
カイゼル様の「一緒に来るか」は彼なりの精一杯の誘いなんですよね。不器用すぎて愛しい……。
ルナちゃんも少しずつ、この城に「居たい」という気持ちが芽生え始めています。
ここからじわじわと、二人の距離が縮まっていきます。
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