第二節 榎本艦隊の完全勝利:遠州灘海戦が確保した脱出の回廊(2)
4. 確保された「生存への動脈」
1868年2月14日の正午過ぎ、遠州灘に漂う硝煙が冬の季節風に流され、西国艦隊の残骸が黒潮に乗って東へと散り散りになった頃、この海戦が持つ真の歴史的意味を正確に理解していた人間は、地球上で二人しかいなかったであろう。
一人は、勝者である榎本武揚。もう一人は、横浜の英国公使館で冷ややかな紅茶を啜っていたハリー・パークスである。
軍事ロマンチシズムに毒された当時の講談師たちは、この「遠州灘の完勝」を、徳川の武威を示し、江戸防衛の要を固めた快挙として喧伝した。しかし、榎本の脳裏にあったのは「防衛」などという受動的な概念ではない。彼がクルップ砲の斉射によって物理的にこじ開け、そして確定させたのは、日本列島という古い宿主から、南山という新しい宿主へと血液(資本・人材・技術)を輸血するための、極太の「バイパス手術用動脈」であった。
この日以降、太平洋の制海権は、完全に、そして不可逆的に徳川の手に落ちた。それは単に「敵艦がいない」という消極的な平和ではない。横浜・横須賀から小笠原諸島を経由し、マリアナ海域を抜けて南山・明望(Meibou)および入安・勝板(Katsu-It)へと至る全長約6,000キロメートルの航路が、あたかも幕府の私有道路の如く、鉄壁の安全地帯として機能し始めたことを意味する。
歴史家はこの航路を、後に「青い脱出路(The Blue Exodus Route)」と呼んだ。
この動脈が確保された瞬間、勝海舟が総指揮を執る「大引越し計画」のロジスティクスは、理論上のプランから、狂気じみた実働フェーズへと移行した。
横浜港と横須賀港は、さながら巨大なポンプの心臓部と化した。岸壁には、幕府が保有する輸送船のみならず、プロイセン、オランダ、そして米国の民間船会社からチャーターされた大小合わせて483隻もの蒸気船や帆船が、文字通り「隙間なく」接舷した。
そこへ飲み込まれていったのは、兵士だけではない。勘定奉行・小栗忠順が「国家の心臓」と呼んだ横須賀製鉄所の旋盤やプレス機が、基礎ボルトを引き抜かれ、油紙に包まれて船倉へと運ばれた。三井や小野組といった政商たちの金蔵からは、数百年かけて蓄積された金銀の延棒(その総額は当時の国家予算の30年分とも言われる)が、樽に詰められ、バラスト(底荷)として積み込まれた。そして何より、8万人という膨大な数の人間―技術者、学者、職人、そしてその家族たち―が、二度と戻らぬ故郷に背を向け、タラップを登っていったのである。
この前代未聞の「国家機能の海上輸送」が可能になったのは、ひとえに榎本艦隊が遠州灘で敵の海上戦力を物理的に粉砕し、新政府軍に対し「海に出れば死ぬ」という強烈なトラウマを植え付けたからに他ならない。
もし、海戦が引き分けに終わっていれば、あるいは敵艦隊が温存されていれば、輸送船団は常に襲撃の恐怖に怯え、保険料率は高騰し、外国船主たちはチャーター契約を破棄して逃げ出していただろう。榎本の勝利は、単なる戦術的スコアではなく、この巨大なロジスティクスを成立させるための「信用担保」だったのである。
一方、海を封鎖された西国連合軍(新政府軍)の絶望は深かった。「海路による江戸急襲」という最短ルートを断たれた彼らに残された選択肢は、中世以来の難所、すなわち箱根の山を越える陸路(東海道)のみとなった。これは、単に「進軍が遅れる」というレベルの話ではない。それは、彼らが、幕府陸軍の工兵隊とフランス軍事顧問団が数ヶ月かけて丹念に準備した、東海道沿いの「連続的な屠殺場」へと、自ら足を踏み入れざるを得なくなったことを意味する。
東征大総督府参謀・西郷隆盛は、遠州灘の敗報を聞いた夜、京都の陣営で呻くように言ったと伝えられる。
「榎本に海を塞がれた。これでは、我々は鼠のように、猫の待つ細い筒の中を進むしかない」
彼の予感は的中する。海からの脅威が消滅したことにより、幕府陸軍はすべての重火器と精鋭部隊を、甲州街道と東海道の要衝に集中配備することが可能となったからである。 小田原の断崖、箱根の隘路、そして甲府盆地。それらはすべて、新政府軍の兵士たちをすり潰し、時間を稼ぐための「肉挽き機」として再設計されていた。
横浜の公使館で、望遠鏡越しに次々と出港していく船団を眺めていた英国公使パークスは、隣に立つ書記官アーネスト・サトウにこう囁いたという。
「見ろ、サトウ。日本という名の『金のガチョウ』が、卵を産む前に腹を裂いて逃げていくぞ。新政府軍が江戸に着く頃には、そこにあるのはただの『抜け殻』だけだ。彼らが手に入れるのは、天下ではなく、空っぽの城と、飢えた農民だけかもしれん」
サトウは無言で頷いた。彼の目には、水平線の彼方へ消えていく黒煙が、一つの時代の終わりと、全く新しい異形の国家の誕生を告げる狼煙のように映っていたに違いない。
榎本武揚が確保した「動脈」は、単なる補給路ではなかった。それは、古い日本を殺し、新しい南山を生かすための、歴史的な生命維持装置であった。そして、その動脈が脈打ち続ける限り、陸上に取り残された近藤勇や土方歳三といった「捨て駒」たちは、自らの血を一滴残らず流し尽くしてでも、時計の針を止め続ける覚悟を決めていたのである。 海は開かれた。次は、陸が閉ざされる番であった。
<櫻井教授のコラム:完璧なステーキを焼くための方程式と、不確定性原理としての「炭火」>
「先生、今回の原稿、凄みがありましたね。特に榎本武揚の『死の方程式』のくだり。シビれました」 編集者のK君が、私の研究室のソファを占領しながら、感嘆の声を上げた。手には、大学近くのパティスリーで買ったという「季節のフルーツタルト(ホールサイズ)」の箱がある。彼がこれを持参するときは、決まって面倒な要求がある時だ。
「で、読者アンケートの結果なんですがね。先生の『理屈っぽいのに、生活面ではどこか抜けている』という人間味が、どうやら最大のセールスポイントになっているようでして。今回は、先生の『こだわりの趣味』と、そこで直面する『理不尽な現実』について、たっぷりと語ってください」
私は断じて「抜けて」などいない。私の生活は、榎本武揚の艦隊運動のように、常に計算され尽くした合理性の塊である。だが、このタルトの艶やかなイチゴの輝きに免じて、私の週末の「科学実験」について少し記すことにしよう。
南山共和国の国民的行事といえば、週末のアサードである。これは単なる食事ではない。男たちが「火」と「肉」を支配する能力を競い合う、神聖な儀式だ。本節で述べた通り、私は「物理学と数学」こそが勝利への唯一の鍵であると信じている。ゆえに、私が庭に導入したグリルは、ホームセンターで売っているようなドラム缶を半分に切った野蛮な代物ではない。
南山精密工業(NPI)製の最高級スマート・グリル「プロメテウス・マークV」である。
内蔵されたPID制御チップがガス流動を1000分の1秒単位で調整し、6つの温度センサーが肉の核心温度を監視する。スマホのアプリで「ミディアム・レア(中心温度54.5度)」と設定すれば、あとはAIが完璧な焼き上がりを保証してくれる。まさに、遠州灘における「開陽」の如き、無敵のテクノロジーだ。
先週末、私はこの「プロメテウス」を用いて、熟成された1ポンドの南山牛リブアイ・ステーキを焼くことにした。マニュアル通りに肉を常温に戻し、塩の量を肉の重量の0.8%に厳密に計量し、グリルの予熱を完了させる。全ては方程式通り。変数はゼロだ。私がタブレット端末で焼き加減のグラフを監視し、勝利を確信していたその時である。
隣家の垣根の向こうから、猛烈な煙と共に、あの男が現れた。
元海軍提督のG氏である。
彼は、錆びついた鉄製のバケツのような器具に、不揃いな木炭を山盛りにし、片手に持った団扇をバタバタと扇いでいた。
「よう先生、今日はガスかい? 学者先生らしいねえ。俺はやっぱり、炭火に限るよ」
彼はそう言いながら、スーパーの特売で買ったと思われる、筋の多そうな赤身肉を、網の上にドサリと投げ置いた。温度管理? ありません。タイマー? 彼の勘です。塩加減? 「適当」という名のカオスです。私は心の中で冷笑した。
(フン、薩摩の東征艦隊と同じだな。精神論で肉が焼けるものか。炭火の不均一な熱分布と、メイラード反応の制御不能な進行によって、その肉は黒焦げの炭素塊になる運命だ)
15分後、私の「プロメテウス」は、電子音と共に任務完了を告げた。
焼き上がったステーキは、教科書に載せたいほど完璧なロゼ色。肉汁の保持率も計算通り。ナイフを入れると、抵抗なく切れる。味も、塩分濃度0.8%の黄金比が生み出す、均整の取れた旨味だ。私は勝利の余韻に浸りながら、G氏の庭を覗き込んだ。彼の肉は、表面が黒く焦げ、煙に燻され、見た目は極めて野蛮であった。
「先生、味見してみるかい?」
差し出された一切れを、私は衛生面への懸念を隠しつつ口に運んだ。
その瞬間、私の脳内の計算式が崩壊した。
旨い。
悔しいが、暴力的に旨いのだ。
焦げた醤油の香ばしさ、炭火の燻煙香、そして不均一な焼きムラが生み出す「カリッ」と「ジュワッ」の食感のコントラスト。私のステーキが「無菌室で培養された完全栄養食」だとするなら、彼のステーキは「生命力そのものを食らう野生の宴」だった。
G氏は、口の周りを脂だらけにして笑った。
「先生の肉は『正しい』味がするよ。でもな、肉ってのは、たまには火傷しそうなほど熱くて、煙たくて、ちょっと焦げてるくらいが『生きてる』って感じがするだろう? 料理も戦争も、最後は『熱量』だよ」
私は敗北した。
榎本武揚は遠州灘で、数学によって薩摩の精神論を粉砕した。しかし、こと「味覚」という官能の領域においては、計算不可能な「ゆらぎ」や「ノイズ(焦げ)」こそが、人の心を打つ場合があるらしい。薩摩兵たちが錦の御旗を見て涙し、死を恐れずに突撃したあの熱狂。それは、私のスマート・グリルでは決して再現できない「炭火の味」だったのかもしれない。
-------------------
「先生、どうしました? 急に遠い目をして」
K君がタルトを頬張りながら尋ねてきた。
「……いや。来週はホームセンターに行って、七輪と団扇を買ってこようと思ってね」
「えっ? あの5万両(約48万円)もしたスマート・グリルはどうするんです?」
「あれは野菜の低温調理に使う。いいかK君、歴史学も料理も、重要なのは多様性だ。科学と野蛮、両方使いこなしてこそ、真の文明人というものだよ」
(編集部注:先生、その『野蛮な肉』を焼くときは、ぜひ私も呼んでくださいね。経費で最高級のカワトラ炭を用意しますから!)
最後までお付き合いいただき感謝します。
気に入っていただけたら、ページ下部よりブックマークとポイント評価をお願いします。
*本編未読の方も、この『架空歴史講義』だけでお楽しみいただけますが、下記の講義録の第一弾をお読みいただくと、より講義の解像度が高まるかと存じます。
_______________
講義録「徳川海洋圏の地政学と「南山」の政治経済史 棄民から生まれた「双頭の帝国」の構造分析」
https://ncode.syosetu.com/n5547lt/
本編「南山共和国建国史」
https://ncode.syosetu.com/s0124k/




