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第4話:報告書に書けないこと

 洞窟の出口が見えたとき、

 大地は、少しだけ名残惜しさを感じている自分に気づいた。


 ついさっきまで、

 確かにそこにあったはずの違和感。


 体が変わった、という実感はない。


 でも、

 何も起きていないと言い切るのも違う。


「じゃあ……今日はここまでだな」


 そう言って、

 振り返る。


 リムは、入口の少し手前で

 ぷるぷると揺れていた。


「うん」


 相変わらず、軽い返事。


「また来る?」


「どうだろ。

 仕事次第」


「そっか」


 リムは、

 ちょっとだけ残念そうに揺れた。


「でもさ」


 少し間を置いてから、

 いつもの調子で言う。


「また来るなら、

 呼んでくれてもいいよ」


「呼ぶ?」


「うん。

 どうせ、そのうち来るでしょ」


 妙に決めつけた言い方だったけど、

 不思議と腹は立たなかった。


「そのとき、

 毎回ここで会うの、

 めんどくさいし」


「……ずいぶん正直だな」


「スライムだからね」


 そう言ってから、

 リムはぴょん、と跳ねた。


「ねぇ、大地」


「ん?」


「指、出して」


「……指?」


 一瞬、

 嫌な想像がよぎる。


 本来なら、

 意味の分からない生物に触れろと言われて

 警戒しない方がおかしい。


 でも――

 なぜか、そうならなかった。


「……ほら」


 そう言って、

 右手の人差し指を差し出す。


 リムの体から、

 細い触手みたいなものが伸びた。


「ちょっと触るだけ」


「信用していいんだよな?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


 ぷにっ。


 指先に、

 柔らかい感触。


 冷たくも、

 熱くもない。


「これで、だいじょうぶ」


「何が?」


「おしゃべり」


「……は?」


 リムは、

 いつも通りの軽さで言った。


「遠くにいても、

 ちょっとだけ声が届くようになる」


「なんでそんなことできんだよ」


「さあ?」


 即答だった。


「細かいことは知らないし」


 大地は、思わず苦笑した。


 本当なら、

 もっと怖がるべきなんだろう。


 正体不明。

 意思疎通ができる。

 しかも、人間の能力に関わっていそう。


 なのに――

 嫌悪感も恐怖も、なぜか湧いてこない。


「……なぁ」


「なに?」


「意味分かんない存在なのに、

 全然怖くないの、

 逆に怖いんだけど」


「えー」


「よく言われるよ、それ」


「言われてんのかよ」


「昔にね。

 ずっと昔」


 その言い方は、

 どこか曖昧だった。


 でも大地は、

 それ以上は聞かなかった。


 聞かなくてもいい。

 そんな気がしたからだ。


「じゃあ、

 またな」


「うん。

 また遊びに来て」


 その言葉を背に、

 大地は洞窟を出た。


 外の光が、

 思ったよりも眩しい。


「お疲れ様でした。

 どうでしたか?」


 洞窟の前で待っていた市の職員たちが、

 興味深そうに身を乗り出してくる。


 大地は動揺を隠しながら、

 できるだけ落ち着いた声で答えた。


「今のところ危険はなさそうです。

 ただ、専門家の確認が必要なので……入口の封鎖をお願いします」


「分かりました!」


 市の職員たちはすぐに動き始めた。


 大地も車に乗り込み、

 県庁へ戻る道を走り出す。


 信号待ち。


 ふっと気が抜けた、そのとき。


『あ、聞こえてる』


「……っ」


 ハンドルを握る手に、思わず力が入った。


『だいじょうぶ。

 声に出さなくていいよ』


――リム。


『どう? ダンジョン。

 楽しかった?』


「……ダンジョン?」


『うん。

 まぁ、そういうやつ』


 まるで当たり前みたいに言われて、

 大地は言葉を失った。


『まだまだ、たくさんびっくりすることあるから、

 楽しみにしてて』


「……マジかよ」


『大丈夫。すぐ慣れるよ』


「慣れるって、お前……」


『まぁ、とりあえずよろしくね』


 声は、それきり静かになった。


 大地は深く息を吐き、

 前を見た。


 夕暮れの道路。

 いつもの景色。


 なのに、世界だけが変わってしまった気がした。


(……もう、知らなかった頃には戻れない)


 大地はアクセルを踏み、

 県庁へ向かって車を走らせた。

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