第39話「崩れた玉座・残された選択」
王都イグナリス・中央広場。
広場に残された人々の心には、深い衝撃が刻まれていた。
空にはまだ魔方陣が残り、リゼが静かに浮かんでいた。
その姿は、王都全域の視線を集めていた。
王・グラン=イグナリスは、地面に膝をついていた。
寝衣の裾は土にまみれ、王冠もなく、ただの一人の男としてそこにいた。
「……くっ……我が城が……我が玉座が……!」
王女セリアがそっと近づき、静かに言った。
「父上……もう、無理です。相手が悪かったのです。
あの召喚士と、あの国は……私たちの想像を超えていました」
王は顔を上げる。
その目には、悔しさと、わずかながらの諦念が滲んでいた。
「……だが、我々はまだ……」
軍務卿ガルドが歩み寄り、深く頭を下げる。
「陛下。城は奪われましたが、王都は無事です。
軍も民も、まだ立て直せます。
ここで終わらせるのは、まだ早いかと」
その時、空のリゼが静かに言葉を投げかけた。
「王・グラン=イグナリス。
あなたの国が我が国にしたことは、記録され、示されました。
我々はあなたを殺すこともできた。
ですが、そうしなかったのは、対話の余地を残すためです」
王は空を見上げる。
「……何が望みだ……」
リゼは魔方陣の中心に立ち、声を強める。
「望みは一つ。
今ここで、モルテアに二度と関わらないと誓いなさい。
それが、戦争を終わらせる唯一の条件です」
広場が静まり返る。
王は震える拳を握り、沈黙する。
だが、やがて目を閉じ、深く息を吐いた。
「……わかった。もう……関わらない。
我が国は、モルテアに手を出さぬと、ここに誓う」
その言葉が広場に響き渡る。
リゼは静かに頷いた。
「その誓い、魔方陣が記録しました。
破れば、次は容赦しません」
魔方陣がゆっくりと収束し、王は地上に戻される。
リゼは空に残ったまま、王都の空を見下ろしていた。
王はしばらく沈黙し、やがて立ち上がった。
「……そうだな。まだ、終わってはおらぬ。
だが……我が国は、変わらねばならん」
その言葉に、家臣たちは顔を上げた。
王は空を見上げ、かつて城があった場所――今は森となった空間を見つめる。
「レイ……貴様の力、確かに見せてもらった。
だが、我が国も……ここからだ」
──そして、王都の空に、静かな風が吹いた。




