第32話「地獄の拳・毒棘の覚醒」
モルテア・市街地・夕刻。
グラは珍しく街の食堂にいた。岩拳の守護者も、時には静かな時間を過ごす。
「……このスープ、少し甘いですね」
店主に笑顔を返しながら、スプーンを口に運ぶ。だが――
次の瞬間、視界が揺れた。
「……っ……?」
立ち上がろうとした瞬間、足元が崩れ、意識が遠のく。
周囲の客はすでに退避済み。店主も黒衣兵の一員だった。
「非劇薬の睡眠剤。紋様は反応しない。成功だ」
グラの体は、黒衣兵によって素早く運ばれた。
──暗転──
廃墟の地下室。
グラは壁に貼り付けられていた。拘束魔法により四肢は封じられ、魔力の流れも遮断されている。
「……目覚めたか、モンスター」
黒衣兵の術者が呪文を唱え続ける。だが――
グラの膝が、わずかに動いた。
「……甘い」
次の瞬間、膝から鋭い毒針が発射され、術者の胸を貫いた。
「がっ……!」
術者が崩れ落ちると同時に、拘束魔法が解除される。
グラは壁から剥がれ落ち、ゆっくりと立ち上がった。
「……私を眠らせるなら、もっと深く眠らせるべきだった」
黒衣兵たちが一斉に襲いかかる。
だが――
蹂躙開始
グラの拳が唸る。
一撃で兵士の胸甲を砕き、体ごと壁に叩きつける。
蹴りが放たれ、二人目の兵士が空中で回転しながら崩れ落ちる。
地を蹴り、壁を駆け、天井から落下しながら拳を叩き込む。
爪が閃き、三人目の兵士の顔面を裂く。
血が飛び散るが、グラは表情ひとつ変えない。
「お前たちの刃は、私には届かない」
兵士たちは魔法を放つ。火球、雷撃、氷槍――
だが、グラは地面を踏み鳴らし、岩の盾を瞬時に形成。
魔法を弾き返し、跳ね返った雷が術者を焼く。
グラは毒棘を背中から展開。
一斉に放たれた針が、逃げようとした兵士の背を貫く。
「逃げるな。始めたのは、お前たちだ」
噛みつき、爪で裂き、拳で砕き、蹴りで沈める。
彼女の動きは、もはや“戦闘”ではない。狩りだった。
最後の一人が震えながら剣を構える。
「近づくな……近づくな……!」
だが、グラは一歩踏み出す。
「遅い」
拳が振るわれ、廃墟の壁ごと兵士を叩き潰す。
──静寂──
廃墟には、黒衣兵50名の屍が転がっていた。
グラは拳を握り、静かに呟く。
「……レイ。私は、まだ戦える」
そして、彼女は廃墟を後にする。
その頃、王都では作戦失敗の報が届いていた。
「……グラ、暗殺失敗。部隊全滅」
ガルドは歯を食いしばる。
「……ならば、次だ。バル、リリィ――残り2体を沈めろ」
戦争前の暗殺作戦は、すでに血の泥沼へと踏み込んでいた。




