第15話「神の領域・命の代償」
広場に残るのは、焼け焦げた地面と、沈黙。
イフリートが去った後、モルテア国には静寂が訪れていた。だがその静けさは、誰もが知っていた――終わりではなく、始まりだと。
レイは、布で覆われた遺体の前に立っていた。
ゴブリンの子供。オークの若者。庇護を求めてこの国に来た者たち。彼らは、王都の“秩序”の名のもとに殺された。
「守るって言ったのに……僕は、間に合わなかった」
その言葉に、ギルドカードが再び震える。
だが今回は、黒ではなかった。
光――それも、神聖な白銀の輝きがカードを包み込む。
リゼが目を見開く。
「その色……まさか、精霊でも悪魔でもない……これは、“女神召喚”!」
空が割れ、光の柱が広場を貫いた。
魔法陣が展開され、空間が静かに歪む。炎でも毒でもない。それは、祝福のような、しかし恐ろしいほどの力だった。
そして現れたのは、白銀の衣を纏った存在――女神。
その瞳はすべてを見通すように澄み、声は風のように優しく、冷たい。
「召喚士よ。願いを告げなさい」
レイは、迷わず言った。
「この国を守るために命を落とした者たちを――生き返らせてほしい」
女神は静かに頷く。
「代償は必要です。命には命を。魂には魂を」
レイは拳を握る。
「王都兵たちの魂を――地獄へ送ってください。彼らが奪った命の代償として」
女神は目を閉じ、祈るように手を掲げた。
「その選択、神の領域に踏み込む覚悟と見なします」
光が広場を包み、遺体に宿る魔力が再び脈打ち始める。
ゴブリンの子供が、ゆっくりと目を開ける。
オークの若者が、息を吸い込む。
村人たちが、涙を流しながら彼らを抱きしめる。
その一方で、王都兵の亡骸は黒い霧に包まれ、地面の裂け目へと吸い込まれていく。
彼らの魂は、女神の裁きによって“地獄”へと送られた。
リゼは震える声で呟いた。
「……これが、神話級召喚の真の力。命を操るなんて……これはもう、神そのもの」
レイは膝をつきながら、静かに言った。
「僕は……守っただけだ。奪われた命を、取り戻しただけだ」
女神は微笑み、空へと還っていった。
ギルドカードには、新たな称号が刻まれていた。
【称号獲得:神域踏破者】
辺境の森に生まれた小さな国は、今や神の領域に触れた。
そしてその力は、世界の均衡を揺るがす火種となる。