第13話「怒りの胎動」
夜のモルテア国は、いつになく静かだった。
広場には、布で覆われた遺体が並ぶ。ゴブリンの子供。オークの若者。そして、庇護を求めてこの国に来たばかりの村人たち。彼らは“秩序”の名のもとに、王都の調査団によって殺された。
火葬の準備を進める者たちの手は震え、誰も声を発せなかった。
レイはその中心に立ち尽くしていた。
拳を握りしめ、唇を噛み、ただ静かに――怒りを飲み込んでいた。
「……守るって、言ったのに」
彼の声は、誰にも届かないほど小さかった。
リゼがそっと近づく。彼女の顔にも疲労と怒りが滲んでいた。
「レイ……あなたのせいじゃない。彼らは、あなたを信じていた。だからこそ、ここに集まった」
「信じてくれたのに……僕は、間に合わなかった」
レイは、布の下に眠る小さな命に膝をつき、そっと手を添えた。
「この子は、昨日“お兄ちゃん”って呼んでくれたんだ。笑ってた。畑で、ミューと水遊びしてた。なのに……」
その瞬間、ギルドカードが震えた。
黒い光が滲み出し、魔力が軋むように空気を揺らす。
リゼが目を見開く。
「その色……まさか、召喚領域が“深層”に触れてる……!」
精霊たちがざわめき、空気が熱を帯びていく。風が逆巻き、地面が微かに震え始める。
「レイ、落ち着いて。今のあなたは、精霊の領域を超えてる。これ以上踏み込めば……」
「僕は……もう、見逃さない。誰にも、これ以上は奪わせない」
その言葉と共に、魔力が爆発する。
地面に黒い魔法陣が浮かび上がり、空が赤く染まり始める。
村人たちが後ずさりし、精霊たちが警戒の声を上げる。
「これは……精霊ではない。もっと深い、もっと古い……“悪魔の領域”だ」
リゼが震える声で呟く。
「レイ……あなた、本当にその扉を開くつもり?」
レイは立ち上がり、広場の中心に歩み出る。
「僕は召喚士だ。誰かの命を守るために、僕の命を使う。それが、僕の選んだ道だ」
その瞬間、魔法陣が完全に展開される。
炎の柱が天へと伸び、空を焦がす。
禁忌の扉が、静かに開かれようとしていた。