第10話「赦しと共存の国へ」
森の異変が収まり、ゴブリンたちが正気を取り戻してから数日。モルテア国では、かつて敵対していたエルフとゴブリンが、同じ村で肩を並べて働くという、信じがたい光景が広がっていた。
「この水路、エルフの魔法で流れが安定したぞ!」
「ゴブリンの土木技術、意外と繊細なのね……」
畑では、エルフの自然魔法とゴブリンの手作業が融合し、作物の成長速度がさらに向上。新たな居住区も建設され、村の人口は倍増。評議会では、種族間の調整役としてリゼが奔走していた。
「まったく……あんたの“誰でも受け入れる”方針、仕事が増えるばかりよ」
「でも、みんな笑ってる。それだけで、僕は嬉しいよ」
リゼは呆れながらも、どこか誇らしげだった。
村の中心には、新たな石碑が建てられた。
> 『ここに、赦しと共存の国を築く』
その言葉は、レイが自ら刻んだものだった。
「僕たちは、誰も見捨てない。過去に何があっても、ここではやり直せる」
その夜、村ではささやかな祝宴が開かれた。エルフの果実酒、ゴブリンの燻製肉、オークの穀物料理、スライムのゼリー菓子――種族を超えた食卓が並び、笑い声が絶えなかった。
だがその頃、王都では――
王都・中央評議会室
重厚な扉が静かに閉じられ、王国の重鎮たちが集う評議会室に緊張が走っていた。
「……報告によれば、魔の森にて一つの“国”が樹立されたとのことです」
老練な文官が地図を広げ、指を滑らせる。
「ここは非干渉地帯。王国も魔族も手を出さぬ中立領域のはず。そこに、勝手に国を築くなど――前代未聞だ」
「しかも、構成員は人間、モンスター、魔族、エルフ、ゴブリン……秩序を無視した混成集団だ」
「異端だ。放っておけば、王国の威信が揺らぐ」
その中で、ある貴族が地図の端に記された名前を見て、目を細めた。
「……リゼ・ヴァルグレア。まだ生きておったか、あの危険因子!」
場がざわめく。
「魔族界でも“政務の鬼”と恐れられた女だ。策略、魔術、統率力――どれを取っても規格外。追放されたとはいえ、彼女が再び動き出したとなれば、ただの辺境の村では済まされん」
「放っておけば、魔族との均衡も崩れる。早急に調査を」
議場の空気が重くなる中、一人の男が前に進み出た。
調査団団長――ブルゴス。
鋼の鎧に身を包み、冷徹な眼差しを持つ彼は、王国の“秩序維持”を担う実戦部隊の指揮官だった。
「命令を」
王国宰相が静かに言い渡す。
「モルテア国を調査せよ。必要であれば、排除も辞さず」
ブルゴスは一礼し、短く答えた。
「――では、調査してまいります」
その声は、静かでありながら、確実に“動乱”の始まりを告げていた。
魔族界・影の会議
一方、魔族界の上層部でも、モルテアの存在が話題となっていた。
「女神召喚スキル……人間がそれを持っているというのか?」
「リゼ・ヴァルグレアが仕えている?あの女が再び表舞台に出たとなれば、魔族界の秩序すら揺らぐ」
「彼女は追放されたが、力は失われていない。むしろ、自由になった今こそ最も危険だ」
「接触の準備を進めよ。モルテアは、放っておけぬ存在となった」
闇の中で交わされる声は、静かに世界の均衡を揺らし始めていた。