トルネード・トゥ・ファイアー
調べたら一話の適正文字量は4000字前後らしいね。
次の小説から気を付けます。
「……まだだ」
倒れた鹿倉の体が、ぎりぎりと音を立てて起き上がる。
「なんだ……?」
風巻がわずかに眉をひそめた。
虎の前脚に潰されたはずの胸部が、じわじわと膨らみ戻っていく。
「錬金術ってのはな……単にモノを作るもんじゃねぇ。
……体の構造を理解して、補うこともできる」
鹿倉の左手が地面を掴む。
その指先から――赤黒い痕跡が走った。
「……なにを――」
「俺の命を、鉄に変えるッ!!」
ズゴッ!!
倉庫の床下から鉄杭が一斉に噴き出す。
錬金術で再構成されたその杭は風巻の足元を狙い撃ちし、突き上げた。
「チィッ……!」
風巻が跳躍でかわすが――その刹那、鹿倉の拳が追いついていた。
「喰らいやがれぇええ!!」
拳は、赤熱した鉄の塊。
それが、風巻の腹部を真正面から打ち抜いた。
「ぐっ……あああああっ!!」
風巻の身体が後方へ吹き飛び、倉庫の壁を突き破る。
ゴシャアッ!
砂煙と鉄屑が舞い、風巻の獣の混成体は一時的に分散される。
鹿倉は肩で息をしながら、静かに言った。
「……俺はな、頭ぁ使うのが嫌いなんだよ。
だが……お前に負けたら、俺の欲が潰れる。
それだけは、許せねぇんだよ……!」
その手の中で、溶けかけた鉄の拳がじゅうじゅうと音を立てていた。
風巻の身体が瓦礫の中で動かなくなった一瞬――
鹿倉翔伍は、血を吐きながらも自らの腹に拳を当て、呻くように笑った。
「……あぁ……クソ、きついわ……。
内臓、ちょっと潰れてんな、これ……」
だが、目は笑っていた。いや、いつも通り、鋭く冷たいままだ。
「けどよ……お前には負けられねぇ。絶対にな」
彼はふと、空を仰いだ。
倉庫の鉄骨越しに見えるのは、悪魔たちが作った偽りの夜空。
その月は、静かに、残酷に光っている。
「金が欲しい。女が欲しい。
ただ、それだけだ。
クソみてぇな話だろ?」
歯を食いしばる。
あばらが痛む。
肺に溜まった血が喉の奥で泡を立てる。
「なあ、風巻……。
てめぇの願いが何なのかは、しらねぇがよ……
俺にはなんもねぇんだよ。
家も親もいねぇ。
愛してくれる人間なんざ、最初から一人もいなかった。
そんな俺がこの世で唯一、自分を大事に扱える瞬間が――
女と金に囲まれてる時だけだったんだよ。
……それすら奪われるなら、俺は何のために生きてきたんだ?」
拳を握る。
それは赤く、鉄の熱を帯びて光っていた。
「だから……勝つ。
死んでも、負けねぇ。
俺は欲しいもんのためなら、命すら賭ける。
賭けて、手に入れて、全部俺のもんにしてやる。」
血だらけの顔で笑った。
それは、狂気にも似た光を帯びていたが、どこか……哀しさすら滲んでいた。
鹿倉翔伍が叫びながら突き出した熱を帯びた拳は、風巻の胸を浅く裂いた。
焼けた鉄の臭いと、血のにおいが混じる。
――だが。
「……それが、お前の全部か?」
風巻大吾は、そのまま拳を受け止めていた。
足元はぐらつき、膝が折れそうになる。
それでも、前を向く。
「金も女も、お前にとっては命より重いんだろ。
だったら、死ぬ気で来い……中途半端な覚悟では、俺は止まらない!」
風巻の身体が、再び風を纏い始める。
倉庫の残骸が巻き上がり、金属音が辺りに響いた。
「お前の拳に、魂が乗ってたなら――
俺の拳には、信念が乗っている。
……俺は生き延びる。全ての潔白な者たちの願いを背負って、必ず勝つ!」
瞬間、風巻の左脚が風と化す。
“風脚”――高速回転する竜巻の軸足で、空気そのものを蹴り裂く蹴りが放たれる。
相手が瀕死と思い、一瞬、判断が遅れた鹿倉の脇腹を、その一撃が打ち抜いた。
「が……はっ!」
鹿倉の巨体が吹き飛び、鉄製のクレーンの柱に叩きつけられる。
鈍い音が響き、柱が凹んだ。
血が飛び散る。
「……まだ……だ」
鹿倉は、顔をしかめながらも立ち上がろうとする。
だが、風巻はもう目の前にいた。
「終わりにしよ、鹿倉翔伍。
この“風”は止まらない。俺の意思が止まらない限り――!」
風巻の拳が、風を巻き起こしながら振り下ろされる。
それは、決意と覚悟の拳だった。
風巻の拳が振り下ろされる直前、鹿倉翔伍は自らの両手を突き上げ、最後の抵抗に出た。
「まだだッ……まだ俺は――ッ!」
錬金術の光が、彼の足元で火花のように光る。
床材と散乱した鉄骨が一瞬で再構成され、無数の鉄槍となって風巻の腹部を突き上げる。
「おおおおおおっ!!」
風巻は反射的に身体をひねり、一本を腕で受けながら宙に跳ぶ。
だが、完全には避けきれず、脇腹を裂かれる。
血飛沫。
風巻が呻いた瞬間、鹿倉は地を蹴って距離を詰めた。
全身の鉄が赤熱し、火花を撒き散らす。
「オレはなあッ……ガキの頃からずっと欲しかったもんがあんだよ!
……誰にも文句言われねぇ、金と女のある生活!!」
鹿倉の目に、炎のような激情が宿る。
「オレは……もう全部我慢してきたんだよ!
親の期待も、魚屋の仕事も、ガキの頃から全部ッ……
我慢して我慢して、ようやく自由になったんだッ!」
叫びとともに、灼熱の拳が振るわれる。
だが――風巻の瞳は冷静だった。
「……自由の価値は、自分で決めるものだ。
お前が“逃げた”分だけ、俺は“向き合って”きた」
拳と拳が交差する。
風と鉄がぶつかり、火花と衝撃波が倉庫の内壁を震わせる。
鹿倉の拳は風巻の肩を穿つが、風巻の蹴りは鹿倉の膝を砕く。
双方、最後の力を振り絞る死闘。
だが次第に――風巻の方がわずかに優勢となっていく。
風巻の呼吸が整い、拳がより正確に、より重くなる。
一方で鹿倉の動きには、徐々に鈍さと痛みの色がにじみ始めていた。
「……終わりだ、鹿倉翔伍」
風巻の声は静かだった。
燃え尽きたように、だが迷いはない。
目の前には、赤熱した鉄の肉体のまま、膝をつき息を荒げる鹿倉翔伍。
彼の右膝は先程の一撃で粉砕され、左腕は炎の熱により焼け爛れていた。
それでもなお、鹿倉の両目には獣のような執念が灯っている。
「まだ……動ける……ッ」
鹿倉がふらりと立ち上がろうとした瞬間――
風巻は、地を蹴って跳んだ。
彼の右腕が獣の前脚へと変化し、虎の爪が閃光のように空気を裂く。
手錠の束縛から逃れるために変化させた獣の右腕、それをそのまま、決着の爪とした。
「うおおおおおおおッ!!」
その一撃は、獣の吼え声とともに、鹿倉の胸を貫いた。
鋼の肉体をも貫通し、内部の錬成構造すら破壊していく。
鹿倉の眼が、一瞬、大きく見開かれる。
「な……」
もがくように腕を動かそうとした鹿倉だが、
もはや身体は、言うことを聞かなかった。
そのまま、崩れ落ちる。
風巻はゆっくりと着地し、しばらくの間、動かなかった。
倉庫内には、竜巻で剥がれた鉄骨がきしむ音と、吹き抜ける夜風の音だけが残った。
やがて、空間の縁が揺れ、地鳴りと共に現れる――
「ふふふ、終わったわね。やっぱりあなたの風の子は筋がいいわ、マルバス」
にやりと笑うのは、グラシャ=ラボラス。鹿倉の担当だった悪魔だ。
マルバスは腕を組んだまま、鼻を鳴らした。
「当然だ。俺が目をつけたんだ。あの男は――壊し方を知っている」
「それにしても、獣の腕でトドメとは……洒落が効いてるわね」
「獣の力で、野獣を狩る……いい見世物だったな」
風巻は、倒れた鹿倉を一瞥すると、背を向ける。
舞台の空が揺らぎ、薄明かりが次なる戦場を示し始める。
次なる戦いへと――世界は進んでいく。
空に浮かぶ満月が、敗者の血を赤黒く照らし出す。
風巻大吾が立ち去った後、戦いの舞台に残されたのは、熱に焼け焦げた倉庫と、倒れ伏す鹿倉翔伍の亡骸。
その上空――“永遠の夜”の宙に設けられた見えざる観客席に、悪魔たちは笑いながら集う。
「いやはや、野蛮というのは、こうも美しく咲くものなのだな。まるで獣が哲学を語ったようだった」
そう語ったのは、アモン。勝者・風巻の戦いぶりに興奮気味の声をあげる。
「哲学ぅ? ただの動物が手足振り回しただけじゃないの。おバカが力で勝った、ただそれだけのことでしょ」
そう返すのは、口元を扇で隠したアンドロマリウス。舞踏会には参加してないが、話に興味が沸いて野次馬に来ていた彼女が、知的な皮肉と蔑みを交ぜて笑う。
その隣では、鹿倉の担当だったグラシャ=ラボラスがうなだれていた。
「あら……惜しかったのにね。あの鉄の意志と肉体、もう一歩届けば……」
「届かぬ手が一番、見ていて滑稽なんだよ、グラシャ。あと半歩で勝てた者ほど、良い笑いの種はない」
マルバスが鼻で笑いながら言う。彼の目には、満足げな光が宿っていた。
「なにより――鉄の身体を持っていても、心が錆びていては勝てない。あの男には“戦場の声”が聴こえていなかった」
「うふふ、それを言うなら、風巻大吾も似たようなもんよ。動物の本能と紙一重ってとこじゃない?」
「だが、それで勝った。ここでは、勝者こそが正義――いや、“真実”だろう?」
観客席にざわめきが広がり、また一つ物語が幕を閉じたことを祝うように、闇がゆらゆらと満ちていく。
そして、悪魔たちは次の宴に向けて視線を動かした。
天満宮紅子は、崩れた倉庫跡の遠くから舞い降りるように姿を現した。勝者の姿を静かに見届け、朱に染まった唇の端をわずかに歪める。
「……また、泥だらけ。仕方のないことね」
軽く汚れたヒールのつま先で瓦礫を蹴りながら、彼女は静かに背を向けた。
そのまま歩みを進め、偽りの夜の街を構成するオフィスビル群の中へと入る。高層ビルの谷間、かつての世界の残響を思わせるショーウィンドウ。――その一角に、煌々とライトアップされた高級ブティックがあった。
中に入ると、異様なほど清潔で無人の空間が、紅子を迎える。
「ふふ、やっぱり私に似合うのはこういう場所よね」
ガラスのドアを閉じると、彼女はためらうことなくフィッティングルームへと入った。戦闘で裂け、血に汚れたドレスを脱ぎ捨て、代わりに選んだのは、ワインレッドのスリット入りドレス。背中が大胆に開いたデザインだが、身体のラインにぴたりと合っている。
「世界が私に跪くなら、まずは服から相応しくないと……ね?」
鏡の前で長い髪を整え、グローブをはめ直すと、紅子は再び夜の街へと足を踏み出した。
やがて彼女の視線の先に、次なる舞台が浮かび上がる――
巨大な交差点の中心、照りつける満月の光にさらされるのは、異様な防護服に身を包んだ女だった。
灰白色の化学防護服は明らかにサイズが合っておらず、袖も裾もだぶだぶと余っている。その顔には、表情を覆い隠すように無機質なガスマスクが装着されていた。
その姿は異様でありながら、奇妙な静謐さをまとっている。――それが、東堂可奈だった。
「また……得体の知れない相手ね」
紅子がつぶやいたその瞬間、風がざわめき、戦いの気配が夜に満ちた。
上空には、既にフルフルとベレトの姿が現れていた。
「さあ、三戦目の幕開けだ。傲慢なる紅子、無表情の可奈――二人の願いがこの夜に響き渡る」
「おほほ……面白い組み合わせですわね。花と名もない雑草、どちらが最後に咲き誇るのかしら?」
永遠の夜が、新たな死闘のはじまりを告げていた――。
調べたら一話の適正文字量は4000字前後らしいね。
次の小説から気を付けます。




