第四章 お嬢様学校の深層2
「は?」
間が生まれた。
「うち三回は被害を訴えた原告側が勝利して、相手方に精神的苦痛、肉体的苦痛を求める慰謝料請求があったとされる」
「はい?」
「さらに、うち一回は刑事裁判。長引き、未だ決着の兆しを見せずにいる」
最早沈黙するしかなかった。資料を読むように語る口調は他人事のように感じられたが、彼女の口からこのタイミングで語ったのが何よりの証拠。もしかせずとも。
「まさか、ここで起こったの?」
園がこくりと頷く。脇汗がつと一筋流れた。
「去年ね」
「去年て。累計、じゃないの? 累計でもそんな馬鹿なってわたしなるけどさ。へ? どゆこと? 一ヶ月一回裁判起きてる学校ってなに? どんだけ治安悪いの?」
「普通の学校はこうまでならない。例えどんな酷い虐めがあったとしてもね。けれどここは簡単になっちゃう」
間をつくった。
「どうしてだか分かる?」
やはり虐め。ワードにげんなりとする。首を振り、応えようとも見ようともしない華英に向かって園は喋り続ける。
「暇だから」
またぽわんとしたワードが出てきた。暇と虐めと裁判が咄嗟に結びつかない。
「ここは全国でも有数のお嬢様学校。当然、親がお金持ちって子は多い。そのお金持ちの親は二種類に別れる。めちゃくちゃに忙しいか、割に暇か。医者や自営業、中小企業の社長なんかはいちいち子供のそんな問題に構っていられる程暇じゃないでしょう。けれど、左腕みたいな名誉職を親に持つ子供はけっこう厄介」
「うちは裁判じゃなくて暴力に訴えるけどね」
肩を竦める。
名誉職。ヤクザの組長が名誉な職業かは大変に怪しいが。職業かすら怪しいが。いや、そういうことを言いたいのではないだろう。要は、大した仕事をしていないお飾りを親に持つ子供は厄介と言いたいのだ。
「時間が有り余っているから。当然お金もね。時間とお金をもて余した親が子供の受けた被害にどう対応するか。答えは簡単。すぐに訴えようとする。裁判を起こそうとする。社会的に罰そうとする」
罰してどうなるものでもあるまいに。
根本的な解決にはならなそうだ。より険悪になるだろう。個人間かクラス間か知らないが。一時しのぎにはなるだろうか? それが被害にあった子供の望んでいたことなのか?
平和だった小学校時代に想いを馳せた。いじめはなかった。少なくとも、華英の周りでは。
返事がないことを悟ったのか。園は華英の感想を待つことなく次を口にした。
「慣れてる人もいるからね、裁判。我が子に付けられた傷は、私の名前に泥を塗ったも同然、みたいな考えの人も多いんだって。もちろん、我が子を思ってって人もいる。けど、去年起きた裁判の事例を辿ってみると」
「モンスターペアレント」
口挟んだ。園が不満そうに唇を尖らす。あひる口。恐らく、その全てが条件を出した校長の受け売りだろう。話が見えてきた。生徒会の設立。
つまり。
「もしかしてそれを事前に防げっていう?」
「そーゆーこと」
「はあ~」
天井を見上げる。それから園が座る机を見る。歴代校長はさぞかしそこで頭を抱えてきたことだろう。
「サツに言えや」
「言ったところで学校で起きた虐め問題なんか対処してくれない」
分かっている。警察は分かりやすい被害がないと動いてくれない。まして学校など。
「警備員は? 教師はなにやってんの?」
「警備員だって不審者防止くらいにしか役に立たないでしょ。校内で起きた生徒同士のトラブル解決する警備なんてあるわけない。あったら全国の学校から引く手あまた。教師はちゃんと仕事してるってさ。虐め問題――に、限らないんだけど――までは対処しきれない、ってのがここの言い分」
と言って、園は机を示した。教師のことを言っているのだろう。
言っていることは分かる。
ただでさえ、ブラックだと名高い教師。ましてや金持ちお嬢様の学校など。トラブルの種しかない。教師たちも好き好んでこんな、ドが付くド級の田舎に勤めているわけではないだろう。回り回ってここへの持ち回りが決まったのだ。
「裁判ってことは証拠調べ手続きもある。物証、書証、人証。通常業務に加えて部活、さらにそんなもんにまで駆り出され双方の親にへいこらして心を壊した先生も何人か」
「知らんがな」
事情は察してあまりある。が、同情する気にはなれなかった。わたしに関係ないと言ってやりたい。
「刑事裁判」
ぽつりと園が呟い。
一応見てあげた。様になっていない偉そうな姿勢は解かれ、背もたれに背を預けている。きっと、一階の校長室で校長先生が同じ格好をしているのだろう今頃。向こうは、やっと肩の荷が下りた……かもしれない、という安堵の息を吐き。
「給食に大麻混ぜられたんだって」
「ぶっはっ!」
思わず吹き出してしまった。
「は? なんて言ったの? 大麻? え? マリファナ?」
「そっちじゃなくて。モルヒネだから治療薬の方ね? 去年の卒業生の中にね? 親が医者ってのがいて。その子供が虐められてたんだって。クラス総出で。で、何を思ったのかその子はパパの病院に出入りしている内に密かにがん治療薬のモルヒネ盗んできていて……、で、それを給食のお鍋に混ぜたんだって。知らない?
――霧ヶ浦女学校集団食中毒」
「知らない」
そんなことがあったのか。
「センセーショナルな第一報を重視するマスコミと学校特有の秘密主義でそこまでは表に出てないけど。少し調べれば出てくる話よ」
園はどうして華英に声を掛けたのか。
ここに来てようやく理解出来てきた。
「事件から一年半。未だに昏睡状態の子がひとり。その子以外は気分が悪くなるくらいで済んだみたいだけれど……」
少し引っ掛かった。しかし、そのタイミングで下校のチャイムが鳴り始める。
園が椅子から立ち、机に放っていた鞄を手に取る。ポケットからここの鍵を取り出し「あたし職員室に鍵返すからと」と横に立つ。ない方の腕。肩を華英に当ててくる。
互い互いに別方向を向き寄り添うような格好。どうせ、寮なんだから一緒に帰ればいいじゃん、とは、言おうとならなかった。普段の華英なら悩むことなく言っていたろう。
「ちゃあんとあたしの左腕になってね――鉄砲玉ちゃん」