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第三章 わたしが左腕になってあげる。2

「は?」

 ぽかんとする。

「何が?」

「そこまでやる義理はないとか! 家がやったことでわたしは関係ないとか! 断る理由も建前も! 言うべきことがたくさんあるでしょって言ってんの! 何で黙ってるの! 従うの!」

「……べつに掃除くらいするけど」

 自分から言ったことだろうに。何でそれを華英が怒られねばならんのか。

 従ったつもりもない。自分の意思で動いたのだ。

「なによ! 哀れんでるの!」

 この子はどうしたいのだろうと思った。

「可哀想だとは思うけど」

「どうせあんたもあたしのこの腕気持ち悪いとか思ってんでしょ! そっちがやったことなのに! そっちがやったことなのに! だって、たまたまって、本当にたまたまなのよ!? 通学路でそこ通り掛かって声掛けられただけなんだから! あたし! あたし、あいつら嫌いなの! 大嫌い! あんたと違って! 偉そうだし顔怖いし態度悪いし口も悪い! 挨拶する義理も理由もないけど声掛けられたら挨拶返すでしょ! 当たり前! 学校でそう教わらなかった!? 媚ね媚! 理事の娘へのちっちゃいしょうもない媚! なのに何であたしがこんな目に合わなきゃならないの! 勝手にやってればいいじゃない! どうせあんたも一緒! 今言った! 哀れんでるけど内心あたしの腕気持ち悪いとか思ってんのよ絶対そうよ!」

「……ぎゃあぎゃあうるさいなあ」

 耳掻き、呟く。

 彼女の生育環境、教室で見せていたやややり過ぎなくらいの社交性――つまりは化けの皮――失った左腕と、その後の周囲からの扱われ方、それを想えば、そのピーキーさも納得がいく、が。

 が、納得いったからって、黙って聞いているわけにはいかない。

 理事の娘。地位としてはやはり高いか。

 隠す癖に自ら明かす。家が嫌いだとか通学路だとか媚だとか心底からどうでもよかった。可哀想だと思った。華英が責任を感じることではないが感じるところがあった。だから動いた。それ以上でも以下でもないのだ。そこに後からとやかく云われるのは我慢ならない。

「ぎゃあぎゃあって」

 園がひくりと表情を歪ませる。

 華英の言い方仕草は同年代少女が受けるには少々重い。

「ひ? えちょおーっ!? どこに手ぇ突っ込んでんの!?」

 ある方の腕。右腕を押さえた。

 そうして、ない方の腕。つまりは左腕の袖から華英は自身の右腕を突っ込む。

 ぐりぐりと探る。

「ふゃ。ひゃ。ひょおっ。な、な、にゃにゃにゃにゃにしゅんの」

「いや。そんな言うから。どんなんなってるのかなって」

「かなって袖の中手ぇ突っ込んでいいことにはならないでしょおってひゃわっ!」

「ふうん。綺麗じゃん」

 到達した。肌に触れる。直接触れる。ぺたぺたと触れる。

「肩から先完全にないんだ」

「文句ある」

 園が顔を背けて言葉を吐いた。少し、震えていた。

 華英はその赤い顔を覗き込む。

「そりゃあさ。ぐっちゃぐちゃしてたらわたしも気持ち悪いと思うかもしんないけど。綺麗なもんじゃん」

「綺麗にする汚いお金はいくらでもあるから」

 いちいち悪態吐かないといられないのだろうか。園がちらりと背けていた目を見る。じっと見、言う。

「飾らないのね。あなた」

「飾る?」

「知らない」

 応えなかった。震えは収まっている。華英はそのまま柔らかく触れた少女の肌にほんの少し力を入れて握る。きゅっと。離れていかないように。


「ほら。左腕になったよ」


 少女はぽかんと口を開けると、ぐっと言葉に詰まり、実際に声に出して「ぺやっ」と呻き声なのかなんなのかよく分からない声を上げ、結局、

「ばっかじゃないの!」

 と、悪態を吐いた。

 変わらないその態度。ふと華英の頭に悪戯心が芽生える。

「ふひっ?」「へえ。腕失くなっても脇は弱いもんなんだね」「あったりまえでしょ!人体構造舐めんなっつか手」「にぎにぎにぎにぎにぎにぎ」「やめっ、ふっ、ひっ、ひひっ」「握手だよほら握手」「右腕があるでしょってかあたし利き腕そっちなんだから握手したいんだったらそっち握ればいいでしょ!」「え~?左腕になってよとかいーい感じのこと言っといて利き腕じゃないの~。や~や~」「あれはただのあてつけ」「そういえば両腕ない人の場合握手ってどうすんだろうね?ほら交流の場とかでそういう人いてみんなが握手交わしてる中やらないのもお互いあれだしそういう場合こうするのが正解じゃない?」「あんたさっきから色々理由付けて結局セクハラしてるだけだからってそこは胸ェ!」「あブラしてるんだ。ずり落ちない?」「落ちるかボケ!鎖骨くらいあるわ!つかあんた差別意識とか発言とか気にし」「鎖骨すー」「ふひょっ、あ。んっ!」「感じてんじゃねえよボケ」「お前が感じさせたんだろうがボケ」「ブラ片腕だとしにくくないってか無理じゃない?あーなるフロントホック」「おどれあんま調子こいとる――ああんっ」




「あんたって、倫理感とか道徳心とか常識とかぶっ壊れてそうだよねって言おうと思ったけどやめた……。友達いっぱいいたでしょ」

「なんでやめずに全部言ったの?」

 未だ手は突っ込んだままである。

 ぜえはあ息を吐き、されるがままになっている園が大変に面白く、華英は飽きるまでこのままでいようとその横顔見て一人にやにや笑っている。

 腕のない腕。そこはすべすべしていて、なめらかで。触れていて気持ちがよかった。

「左腕でしょ? つまりあたしの体の一部。だったらあたしの愚痴も不満も、浮かんだ言葉も隠すの変でしょ。あんたには言いたいこと全部言う。これから。せいぜい傷つけ」

「……園ってさあ。他人には理解されない妙~な自分ルール設定しちゃって、それ守ることにひらすら腐心して結果自縄自縛に陥ってそうだよね」

「ぐっ!? げっほっ」

「大丈夫?」

 ピンポイントだったのだろうか。噎せた。華英は右腕つっこんだまま、背中を擦る。結果的に抱き合ってるみたいな格好になる。

「友達。それなりにいたよ? で? それがなに?」

 園は俯いたまま呟く。その表情は伺い知れない。

「あたしはいない。家がヤクザだったから。でもあんたのせいでその言い訳が今使えなくなった。同じヤクザの家、なのに、左腕には友達いて、あたしにいないなんて変」

 ぼそぼそ喋る。ともすれば消え入りそうな声だった。距離が距離だから問題ない。が、正直何言ってんだこいつはという気分に華英は陥っている。でこぴんかましてやりたい。気持ちを抑え、宥めるように喋る。

「でたわけわかんない謎ルール。わたしがあなたの体の一部だったらつまりわたしの友達はあなたの友達なんじゃないの?」

「そんなわけないでしょてかいい加減手抜いて」

「やだ」

「やだじゃない。……汗かいてきたからぁ!」

「嫌じゃない」

「ぐっ。ばっ。ん、んん。いや、えっと」

「そんなことより何で生徒会が条け――」


「いいですか」


 誰かいた。


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