第三章 わたしが左腕になってあげる。
「華英ちゃんっていい人なんだね。絡んできた時は聞いたまんま見たまんまの人なんだと思ってた」
何故部屋がよりによってここのなのだろう。
華英は埃っぽい部屋を一人掃除しながら思う。
「そっちが最初に絡んできたんでしょ」
何をどう聞いてどういう風に見ていたのかは置いておこう。どうせ碌な噂じゃない。
件のそっちは今、設えてあった調度の良さそうな黒革のチェアにふんぞり返っている。くるくるとメリゴーランドを決めている。
「左腕。掃き掃除終わったらテーブルの上も拭いといて。そこに雑巾何枚かあるから」
「うん」
「左腕。ソファの上もね。長年使ってなかったみたいだから埃凄いって」
「うん」
「左腕。今後お客様も来るかもしれないし、そのへんにある使ってないコピー用紙とかいらない資料とか全部そこの棚に綺麗に収めといて。見栄え悪い」
「うん」
「なんなの?」
「何が?」
指示された通りいそいそと掃除していたら、そっちが妙な表情浮かべ華英を見ていた。あ、そうだと華英は思いつく。
「そういえば、名前聞いてなかった」
「……白百合友里園」
「呼びずら。なんて呼べばいいの?」
「友達……前の友達からは友里って」
「じゃあ園でいいよね。で? 園。なに?」
園は難しい顔をした。云ってることがまるで伝わっていないのか、分かっていてわざわざ訊いてきているのか、なんとも図り兼ねている表情だ。
そのまま息を吐く。説明する気はないらしい。子供みたいだと華英は思う。ぶすっつらなあひる口のせいでそう見えているだけか。
「なんで生徒会?」
生徒会室――に、なるのだそうだ――を見渡して華英は訊いた。
そのまま連れて来られたのは五階の最奥だった。
廊下の奥の奥にある教室の三分の二くらいの部屋。そこそこ広い。何でも昔は校長室として使っていたそうだ。場所があまりに悪すぎて校長室は現在一階に移動している。ここ使ってもいいよと校長直々に言われたらしい。扉をぎいがちゃばたんとけたたましく鳴らして閉ざしたその際、閉じ込められたと感じた。
「あたしって裏口入学なのね」
「さらっと黒い告白」
「元々、ここ来るつもりなかったから。地元の違う学校入る予定で準備してたんだけど、予想外に物騒になってきたからって無理やりにねじ込まれたわけ」
言い訳するみたいに語る。
まあ、私立。
歴史を紐解いてみてもこの学校は特に金を重要視すると見える。どうせ、今も地元民との軋轢はあるだろう。感性が歪んでいる華英は別段そこに驚かなかった。
「左腕は?」
呼びはそれで定着したのか。さっきまで華英ちゃんと呼んでいたのに。左腕だと通常名詞と被る為、呼びかけられても一瞬どっちか分からなそうなのがネック。しかし、本人がそう呼びたいなら任すにしておく。
「わたしは普通に玄関から」
「あそう。ま、昔から繋がりはあってね。この学校」
我籐清新会。大阪からこっちに来るくらいだ。勢いもある。大陸との繋がりもある。千石組なんかよりよっぽど規模がでかい。どんな繋がりがあっても驚きはしない。
「入れてもらう代わりに条件出されたの。あたしに直接連絡があって」
後から条件を出された。親を経由せず娘に直接。事の重大性を表しているというよりも、無理を承知で頼んでみたという風に聞こえた。
「それが生徒会?」
「うん」
「……」
意味が分からなかった。
分からなかったから聞こうとした――ところで、睨めつけるような視線を自分に向けられていることに気が付いた。自分でやる分には意識さえしていない華英だが、人からやられると気に障る。
「なに」
声を落とした。
空気がぴりぴりする。
園は椅子から立ち上がると、つかつかと華英に向かって歩き、近い距離で立ち止まった。それから肺を膨らませて叫ぶ。
「あるでしょ! もっと!」