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第十二章 失敗

「あーーー!」

「うるさいなあ。静かにしてよ。なに」

「忘れてた! ほら! 同居人!」

 なんだそんなこと、とばかりに園は首をコキコキ鳴らした。あからさまに溜息を吐かれる。

「京極に同居人はいない。把握済」

「いにゃあはぁい?」

 華英は間延びした声を上げた。

「大学生寮が二棟あるのは知ってるでしょう。中等部より高等部より人数倍以上多いのにも関わらず一棟少ない。なんでか分かる? 答え。こいつら車持ってるっしょ? わざわざこんな辺鄙な山の寮入るより、街のマンション借りちゃうんだよ」

「ああ~」

 園が親指でぐっと指差す先は大学生寮だ。中学生寮の隣、高校生寮のさらに隣に建つ。職員寮に挟まれた二棟が大学生寮である。その内の一号棟にこれから侵入果たそうというわけだ。

 雨だった。

 しとしとぱらぱらと降っている。つい二三分前から降り始めた。華英は嫌だなあと思いながらも頬に付いた水滴を拭った。傘は持ってきていない。というかそもそも持っていない。買わなきゃな、と思ってはいた。

「納得。買い物めんどいもんね」

「それより足元。気をつけてね。ぬかるみ、泥、砂は絶対避けて。痕跡は残したくないから」

「ほいほい」

 コンクリートに付着した泥なども徹底して避け、華英と園はいそいそと歩く。




 鍵の拝借は冷静になってみるとどうにでもなった。

 霧ヶ浦の春は散々華英が愚痴吐いているように、未だ寒く、人によってはコートを着用していることが多い。これはやはり朝方の霧のせいで、衣服への水滴の付着や湿り気を嫌う生徒が殊の外多い為だ。髪型の乱れを気にして帽子を被っている者も多い。

 問題となっていたのはロッカーの配置だ。後から入ってくる京極に対して、先に入っているまりあは、密集地となっているであろう脱衣所での工作がやり辛い。

 ならば後から入ればいい。

 いったいどうして悩んでいたのか。皆がそれに頭がいかないくらい緊張していたということか。

 最早、京極の入浴時間がある程度目安付いているのなら律儀に風呂に浸かって京極を待っている必要がなかった。

 京極をつけ回し、大浴場に入った段階で、まりあが時を見て脱衣所へと入る。京極の上下左右――可能ならば上――へと陣取り、部屋の鍵を盗む。

 上の位置を取れば、コートを引っ掛けぶら下げられる。下のロッカーを覆い隠す程の丈の長いコートを着用する。京極が一番上のロッカーを利用してしまえば使えない作戦だったが、まりあの思い返す限り、京極は己の目線の高さのロッカーを利用していたという。華英も中学の方の脱衣所で目撃している。確かにあの一番上のロッカーは位置が高すぎて利用しにくい。


 本日は雨。

 肌寒く、コートを着ていても不審がられない天候だ。

 焦る必要もなし、ベストタイミングを図っていればいいという作戦かに思えたが、菅原のゲートウェイドラッグの話や、追い詰められようを思い返すに、あまり悠長にしてはいられなかった。

 何より、あのまりあが誰かに話し掛けられたらと思うとこっちが気が気でなくなる。


「来た」

 園のスマホが震えた。

 まりあが生徒会備品のスマートウォッチでメッセージを送ってきたのだ。

 鍵を手に入れた時点で、あらかじめ用意しておいたメッセージが園に入る手筈になっていた。

『○』

 と、書いてあった。

 大学生寮。違った寮に入ることは特に咎められない。華英は経験済み。しかしやはり見た目で目立つ。顔だけではない。所詮は今年なったばかりの中学一年生。サイズが小さい。

「うっす」

 ぱたぱたと駆け寄った華英たちが大学生寮の入り口でまりあと合流する。黒髪で、背が高く、この暗がりならば大学生に見えなくもない。子供っぽいポニーテールも止めさせていた。

 エントランスホールまでは入らなかった。暗がりの中、鍵だけ受け取る。

 さっきまでコートを着用していたまりあは、スプリングニットに包んだその身を翻して去っていった。

 背中を見送る。

 華英も落ち着いた色合いの似たようなセーターを着ていた。下はジーンズ。できるだけ、持ち合わせの服から大人っぽいものを選んだつもりだ。園の持ち合わせはあんまりにあんまりだった為、華英のものと共有している。サイズは微妙に違った。園が終始不満そうにしていたものだから「ほら、頭と左腕は一緒の方が」と華英自身意味の分からない持ち上げ方をした。

「行くよ」

「うん」


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