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第十一章 罪の犯し方

「っていうわけなんすよう」

 得意げなまりあの言葉を聞きながら華英は答えた。

「いや、わっかんない」

「あなた説明下手ねー」


 本当に。


 まりあの説明は本当に下手だった。空手の技などどうでもいいのだ。木登りと一輪車がどれだけ上手かろうが関係ない(ちなみに、一輪車のパートに入ってから園は随分と不機嫌な顔をしていた。恐らく、失った身体能力、バランス感覚の問題だろう。昔は得意だったのかもしれないな、と、その顔を見て華英は思った)。

 必要なのは、菅原未知がどんな人なのかであり、まりあの説明では、なんか父親がミュージシャンらしい何でもこなせる超人、くらいのイメージしか湧かなかった。


「なんかさ。ないの? 恋バナ、友人関係、家のことで困ってた。そういう」

 一応データでお金に困っている、らしい、かもしれない、程度の記述はされていた。が、正直推測の域を出ないものだった。ゴシップ並だ。校長の人となりが知れる。

「いやあ、そういうのは。次何やる!? あれやる!! うちらそんなんばっかりで」

「子供か」

「めっちゃ楽しかったっすねえ」

 そりゃ良かったね、としか言えない。華英だって似たようなものだ。なにせ、ついこの間まで小学生だったのだ。遊戯の話にいちいち乗っかるのはやめておいた。乗っかりたかったが。隣の隣の奴がどんな小学校時代を過ごしていたのかここまで察して余りある。

「上がろう?」

「うぃっす」

 ここらが潮時だろう。向こう、脱衣所に人がやってきたようだ。園の口角がつり上がったのを華英は見逃さない。

 実家の下っ端たちを頭に思い浮かべながら、出来るだけさり気なく園の半身をガードする。園は前を行く華英の人差し指に、きゅっと引っ掛けるみたいにして指を絡めてきた。

 特に言葉を発さない。

 小学生だ、と頭の隅でぼんやり浮かべつつ、入ってきた別クラスの二人組とすれ違った。

 向こうは話に夢中で気にしてもいなかった。


「ない」

「腕?」

「死ね」

「……どったん?」

 見れば、園が右手で服を叩き回っていた。軽く叩いてみて、当たれば音を発するだろう何物かを探しているようだった。

「鍵?」

 適当に当たりをつけ華英は訊いた。

「うん。あれ。ぽけっとに入れたんだけどな」

 きょろきょろと床を見渡している。床には藤のタイルが敷き詰められている。

 脱衣所のロッカーには不用心なことに鍵がない。開け放しの、よくある背の高いロッカーに藤のかごが置いてあるだけの代物で、つまりはそれのことを言っているのではないだろう。部屋の鍵がないと言っているのだ。

 己の身長の頭ひとつ高い位置にあるロッカーを見やる。換気用の窓が斜めに開いており、脱衣所の湯気を逃している。上の面に埃が見えた。視線を下へとやる。がらんとしたロッカーが並んでいて、そのひとつひとつにかごが入っている。

 そこで、「あっ」と華英は思いつき、床に這いつくばった。中央に据えられているベンチの下に視線を這わし、部屋の角にそれを見つけた。

「あった。ごめんね。脱がした時に反対向きになっちゃってすっぽ抜けたんだと思う。そんでたぶんあの子たちのどっちかが気付かず蹴飛ばしちゃったんだ」

「ああ」

 いらんこと言ったかなとちょっぴり反省したが、園は気にしなかった。

「……どうしたの? 固まって」

 今度は華英が不審を訊かれる番だ。


 開け放した口を閉じてから、華英は思いつきを口にしてみた。

 その思いつきに、まりあはわくわくとした顔をし、園は嫌そうにした。

 園は言う。

「反対」

「ちまちま追っかけ回すよりよっぽど手っ取り早くない?」

「さっすが姉御」

「姉さん、な。二度と間違えんな」

「させ。させ」

「鉄砲玉っていうか……ただの考えなし?」

「任せるよ? 判断するのは左腕じゃなくて頭だよね。わたしはどっちでもいい。傷付いたらもう一個傷が増えるだけ。死んだらそれまで」

「なにそれ。せっかく生えた腕をまた失うなんて嫌。死んでも御免だから」

「生えたて」

「何の話すか?」

「わかった。いろいろ考えてみる。とにかくね。慎重に。冷静に」

「それよりめし食いに行きませんか?」

「やろうとしているのは犯罪なんだから。忘れないで」

「いやあ。わたしらいって十三。罪に問えない。売春斡旋。やってたら麻薬及び向精神薬取締法違反。はー、違うか。大麻取締法? 脱法ハーブってどっちなんだろ。名前に脱法って付いてても今だめなんでしょ? まあ、どっちでもいーや。あとは……脱税? 贈与税とか? それか所得税? 掛かるんでしょ? 掛かるのかな? とにかく。犯罪者の名誉は全部向こう持ち」

「ん。十年はぶち込めそうね」

「あー。あと忘れないではまりあ。あんたもね。もし菅原先輩が本当に薬やってたらわたし守る気ないから」

「はい」

 違法薬物に手を出すような自堕落を極めたような人間が、自分でお風呂沸かして自分でご飯つくってしかもそれを毎日、なんてしているはずがない。

 そんな偏見と、いつか耳にした『これ食ったら今日も大浴場』という、運動部たちの色気ない言葉から推測。

 京極もそうなのではないか?

 こんなことを、毎日とは言わずともやっていそうだ。

 洗濯だって大変だろう。少なくとも、華英が部活荒らしをしている際、二階の洗濯機までの往復が大変だった。面倒で仕方がなかった。大学生ともなると流石に一人暮らしも慣れてくるのだろうか。まずはそこを探るところから始めよう。それにも準備が要った。


「本当にいいの?」

「うぃっす。やっちゃって下さい」

 華英は今風呂場にいる。大浴場ではない。自室の風呂場だ。素っ裸できれいな背中向けているまりあの頭に、華英はたっぷりと染髪剤を塗りたくる。

 金から黒へ。

 先生方は喜ぶだろう。最も、禁止にされていないが。

 まじめになったと。

 やろうとしている行為は最低だが。

 何より、短期間で黒・金・黒となるまりあの頭皮を憂いた。今度、わかめとひじきを送ってあげよう。そう決心しながら、華英はぺったんぺったん染髪剤を塗り、まりあを頭を黒に染めた。


 京極、他二人を追いかけ回すにも目立つのだ。


 姫野華英と白百合友里園では。

 片方は顔面にでかい傷があるし、片方は片方の腕がない。隠れていても周りの視線を引くだろう。何より、華英は面識がある。そうなると、二人に頼れるのはまりあしかいない。

 だから塗った。黒にした。

 茶ならともかく、金は今時目立つから。

「いい? いらんことくっちゃべんないでね? すみっこの方で頭と体ゆっくり洗ってゆっくり湯船に浸かる。もし京極が入ってきたらこれ渡すから時間正確に計って」

 大学は人数が多い。その分、紛れられるだろう。

 相手が風呂を利用する時間は、サッカー部の練習を考えると夜の七時は確実に回る。利用者の多い時間帯でもあるはず。

 問題は中学生と大学生の体格差だ。華英園はともかくとして、幸いまりあは発育が良い方だ。顔の幼さから大学生といって通じるかは謎だが、風呂に入ってしまえばまずバレまい。

 喋ったら確実にバレる。まりあの存在は割れていないだろうし、向こうもこんなことをやられるなんて思ってもいないだろうが、念には念を。すみっこで目立たないように。

 もちろん他二人も探ってはいた。主に園が。結果、得られた情報として、桜王子は大学と寮を行き来するだけ、白樺は実家にそのまま帰るだけの生活で、ふたりとも街に繰り出す以外は地味なものだった。派手で動きがあるのは京極のみだ。

 時計はわざわざスマートウォッチを買った。いいやつを。この為だけに。

 あまり変なデザインの、それこそ、アスリートが付けるようなデザインの時計をしていても目を引くだろう、そのへんの大学生が付けていそうな物を選んで購入した。領収は生徒会予算で切っておいた。最後に校長の名前を付け加えておくことは忘れない。




 やるべきことは確実な証拠を抑えること。一発で相手をしょっぴけそうな代物がいい。バイヤーとの接触など、どうとでも言い逃れが出来そうだし、売春斡旋は証拠が上げにくいため、そっちの方面から攻めるのはまず難しい。

 考え直し、検討を重ねた結果、必要なのはやはり物的証拠だった。

 つまり薬物。

 部外者は立ち入ることの難しい乙女の園。学生寮霧ヶ浦。

 園が簡単にあんな物やこんな物を持ち込んでいることを思い出してみても分かる。基本、やりたい放題なのだ。荷物検査はあるのかと一応テニス部先輩たちに聞いてみたが、「ない」と一言。色々尋ねられたが、華英は適当にやり過ごした。


 京極由良の部屋への侵入。証拠の撮影、出来れば証拠を持ち帰ること。ストロー、注射器、紙葉巻等、京極の唾液の付着していそうな物が特に好ましい。


 これが、生徒会のやるべき仕事だ。


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