第二章 鉄砲玉ちゃん
霧ヶ峰高原自体が元々自然豊かな観光地。
そんな自然豊かな観光地のど真ん中に設立された霧ヶ浦女学校。当時の富豪が金を出し合って建てられた、とはいえ、現地民と業者が協議を重ねた上での設立だ。当初あった事業計画とズレにズレている。修正に修正を重ねている。修正案であり妥協案の代物なのである。
校舎は、だいぶ歪なつくりになっていた。
ただでさえ中高大のエスカレーター式の学校。それだけ人数も校舎も体育館も校庭も、また寮もいるとなれば、必ずどこかで妥協しなければならなくなるということだろう。
要は、縦に長くした。
「辛い~。なんで一年の教室三階なの~」
「学校によりけりでしょ。一年は一階、一年は三階。巡り巡って再来年には楽に」
「……今日体育だっけ」
「一時間目にね。校庭で。二時間目は理科。五時間目は家庭科」
「あはは。じゃあ大変だ」
本日のスケジュール。まずこのまま教室へと向かう。次に、体育の為に校庭まで下りて運動を行い、三階の自分たちの教室まで帰り教科書等を持ちそのまま四階の理科室へ。五時間目は一階まで下りて授業を終えたら教室まで戻り放課後は五階にある生徒会室へ。
一、二、三階は各学年の教室、四階は一部除く特別教室、五階はその他あまり使用しない教室という配置だった。
ふと、吐息を感じ横を見た。
ああは言ったが、斜め後ろを歩く彼女の方が華英よりよっぽど辛そうだった。
彼女もまた華英と同じく霧ヶ浦の寮からこの学校に通っている。寮は少々学校と離れた位置にあり、中途で勾配がある為、多少だがきつい道のりになっている。
霧ヶ浦に通い、はや一週間。数少ない華英の話し相手は、ここまで見るに、あまり運動が得意でないようだった。見たまんまだと言えば確実に怒るだろう。
「ひい、ひい」
「……そんなに?」
クラスメイト。
肩まで掛かる長い黒髪が艶やかに光を帯びている。
最も、これは通学途中で浴びた霧の湿り気のせいであろう。頬に浮かぶ玉の汗と吐息と艶は同性であっても少々扇情的に映る。
思わず、じっ、と見てしまう。綺麗な頬のラインが羨ましかったからだ。
「どうかした?」
「手、貸す?」
見上げる同級生に手を差し出した。手を取るか躊躇し、問題ないと決心したのだろう、引っ込め、「い」と言葉を発した刹那、階下から『ぱしゃり!』という、聞き馴染みのある、けれどどこか自分たちの知っているものとは違う音がした。
びくっ。
と、咄嗟に両手をスカートへとやる。隣の同級生も同じ動作をしていた。最も、彼女は片手だ。
見れば、ゴツい一眼レフカメラを首からさげた上級生と思しき女生徒が、階段の窓から外を撮っていた。
スマホかと。いや、どちらにせよ。
「写真部」
「あー。なんかあったね。部活説明会で」
二日前新入生向けに体育館で行ったイベントを思い出した。彼女が一人壇上で喋っていた。生真面目な顔して熱心に熱弁を奮っていた。他の文化系部活が揃って原稿片手に早口だったりぼそぼそ喋っていたりする中、彼女だけがひとり落ち着き目立っていた。スクリーンに大写しにされた写真も、そして彼女も美麗であった。
同級だろう上級生からは、きゃあきゃあとやじが飛んでいた。人気らしい。照れくさそうであった。やっぱりこういうところはこういうのがあるんだと華英は彼女の容姿をじろじろ眺めた。
窓の外。
霧に沈んだ峰と徐々に明けてきた校門までの道、そこを歩く白の群れ。この窓からの写真は絵にはなるだろう。
ただ、場所を考えて欲しいだけ。
溜息をついた。二人で逃げるように階段を上った。
一年生廊下。未だ華英の顔をじろじろ眺めてくる生徒は多い。空き教室、空き教室、と通り過ぎ一組に至る。教室へ入る。流石に一週間もすれば慣れたのだろう、口々に、遠慮がちに「おはよう」と語り掛けてくるクラスメイトたちに「おはよう」と返し華英は自分の席へと座った。
右手の甲。肌を引き攣ったような傷跡が目に入る。
その右手で頬に手を伸ばした。おでこから右目、頬に掛けて線で走ったような大きな大きな傷跡を撫でてみる。
「……みんな、大丈夫かな」
ぽつりと呟いた。