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第九章 らくだ3

 それでも脱ぐのは勇気いるらしい。


 すぽんすぽん脱いでいきさっさと浴場へ向かうまりあをよそに、園はシャツに手を掛けたまま固まっていた。

 ここは、

「大丈夫?」

 と、声掛けるのが正解だろう。この子が怒るのは目に見えているし、そっちのが早いから。けれどしない。本意じゃないから。

「ばんざーい」

「ちょっと」

「いいから。脱ぎ辛いんでしょ。手伝ってあげる。てか、使ってよ。左腕なんだから」

「……まだ、慣れてないから」

 後ろから抱えるようにして、シャツを脱がせた。突っかかった頭がすぽんと抜ける。背丈がおんなじぐらいだから、こうしてやるのも楽じゃない。広がった髪が柔らかく頬を撫でた。無臭。

「やっぱりきれいだね」

「ありがとう」

「ブラはいいよね」

「フロントホックだからね」

 最後の一枚まで脱いだ園が呆れたように鼻を鳴らすと、華英を振り向かず先を行った。左腕の肌、真ん中周辺には皺が寄り引き攣っていた。


 流石に夕方4時から大浴場使う人もいないようで、華英たち三人以外いなかったのは幸いであり好都合。体を清め、丁寧に洗い流し、ゆっくり湯船に浸かった。それでも人がやってこないのを確認すると、おもむろに園が口を開いた。

「話する前に、まりあ、あなた何で寮のお風呂入ってるの? 何でタオル持ってきてるの?」

「うん。思った」

 まりあは寮生じゃない。地元だから。帰る家がある。

 まりあが湯でばしゃばしゃ顔を洗う。仕草が完全におっさんのそれ。この中の誰より発育が良い為、なかなか残念に映る。

「バスまで時間あるんすよ」

 だから何だ。そう言おうとしたふたりだが、顔を見合わせやめた。

 霧ヶ浦女学校前。ゲート付近にバス停があることは知っている。寮生じゃない者はそれに乗り、通うことも。溜息をつき華英は訊いた。

「どこで掴んだの? さっきの」

「脱法ハーブって聞いた時点で何となくね。今の日本で出回っているのはほとんどが全部、元を辿ればそこに行き着くから」

「ふうん」

 白蛇。

 中国5大マフィアの一角、とは言え、その歴史は浅く、ここ十数年の中国の産業成長に合わせて生まれてきた比較的新しい犯罪組織である。

 白百合友里園の属する我藤清新会、それが戦後の動乱期跋扈した中国マフィアを取り込み大きくなっていったことは、華英も我が事のように知っているが、最近では事情が変わってきていることも当然のように知っていた。

 みかじめ料ショバ代、風俗業縮小、暴走族等やくざのなり手も減り、取れるところも減っていき、闇金闇賭博だって社会全体の健全化に合わせて規模は縮小傾向。元々生み出すものなど持ち合わせていなかった、奪うだけのやくざにとって、この国は今非常に生きにくい。

 が、向こう大陸は違う。

 日本の裏社会と違い、中国の黒社会は根が深い。武器麻薬など、他国に輸出出来るものがあるだけでそれがどれだけ強力であるか。

 園は『お得意さん』と、嘯いていたが逆だ。

 白蛇のお得意さんが我藤なのだ。

 こっちであまり大きな顔されちゃ敵わない。が、いなくなくなられたらなられたで困る。大きな取引相手であり目の上のたんこぶ。そんな存在だろう。我藤にしてみれば。

「バーサス白蛇ってわけですかい。腕が鳴りますねえ」

 鳴る程の腕もないだろうに。

「姉さんは強いですよね」

 園越しにまりあが言ってきた。瞳の輝きようは見ずとも知れた。華英は指先から腕に掛け軽くストレッチする。流石に使っていない筋肉を酷使したせいか張り気味だった。

「あたしのはただの護身術だから」

 手を振る。微かな促すような沈黙。面倒臭くなって言葉を付け足す。

「あんまり危なっかしいからって無理やりやらされた。むしろ却って弱くなったって周りから言われるくらい」

「?」

 意味が分からなかったようだ。華英も分かるようには言っていない。

「……そこまで気にする程でもないと思うのよね」

 園の呟きに疑問を持つ。両側から覗き込むふたりを見ることなく、園は俯き喋り始める。

「市場として終わっているでしょう。言っちゃ悪いけどこんな僻地。関東近郊、薬捌くんならそっちでやるのが効率が良いし正解。敢えて、だからこそって見方も正直ないと思う。お金持ちの集まる辺鄙な土地なら長野だったら軽井沢がすでにあるし。あそこは別荘地としても名高いから。日本人のお金持ちだけじゃなくて、中国人のお金持ちだってわんさかいる。勿論、国外に別荘建てるような本物のお金持ちもね。

 ここは……霧ヶ峰は別荘地としてはあんまり有名じゃないから。景色は良いけれどね。お買い物するような、お金落とすような場所だってほぼないし。

 だから、お金持ちが集まっているかっていうとちょっと。

 この学校は特殊。なにせ学校だもん。大方、その京極か、もう二人? の、個人的な知り合いに白蛇がいたってだけの話じゃないかな」

 園の頭上に天井から雫が落ちる。髪は頭上で纏められていた。片腕だからか雑だった。

「たぶんはぐれ者。個人、いってもかなり小規模。問題とすべきはやっぱりウリやらせている大学生の方。薬流しているっていうんなら、これもあたしの推測になるけれど、薬買うお金欲しさにウリをやらせている。自分たちの体は汚さずに――って、流れじゃない? アドバイスくらいは貰ってるかもだけど。客引っ張ってきているのはどっちだろう」

 後半はふたりに聞かせているというより、自身に問うているようにみえた。顎に手をやって考える仕草。

「ちなみに白蛇っていうのはどこで掴んだの? やけに確信的だったけど」

 感心する前に聞く。流れとしてはなるほど理解しやすいが、今言ったストーリーも根拠がないと妄想にしかならない。

 パパに聞いた、SNSで地域限定し検索を掛け、大麻売買取引相手を見つけ交渉を行っている内に相手が漏らした、繋がりのあるこちらの裏社会に属する人間に当たった、最後のが一番それっぽいかなと予想した華英だったが、園が云うには、

「校長が知ってた」

 だ、そうだ。

「はいぃ?」

「言ったでしょ。裏口なんてやるくらいの人なの。繋がりはある。お金には汚い。こちらの事情をある程度理解している人」

 なるほど。生徒の個人情報を流す。倫理観などはなから持ち合わせちゃいない人だった。華英はやくざから離れたのに、結局やくざみたいなところに身を置いている己の運命を嗤う。

「校舎裏で大麻吸っているところでも目撃した?」

 冗談のつもりで言ったのに、

「んー、まあ、似たようなものなのかな? 大麻臭? あとは草だとか。校舎にいるとちらほら見たり嗅いだりすることがあって。それで、学校内の問題はある程度目は瞑るけど、警察が入ってくるようなことだけは避けたいって。前はそれで酷い目にあったって。そう、ぼやいてたから。

 個人的に調べていたみたい。その落ちた草を集めたりして知り合いの学者に回して成分分析掛けて、日本で多く流通しているハーブと照合掛けて……なんてやっている内に確信持っていったって」

 なんて言う。

 校舎裏で大麻。ヤンキー漫画でもなかなかお目に掛かれないであろう。なんて学校だと頭抑える華英に、まりあが横で「ほへー」と間抜けそうな声を上げる。ほんとう、なんて学校だろう。

 前に酷い目にあったというのは、大方、集団食中毒の時だろう。要は痛い腹を探られるのは避けたいというわけだ。

 生徒会活動自体に疑問を持ってきた。

 正義の片棒を担ぐ、そんな気分に浸っていた華英だったが、自分の今やっていることが黒い人間の不始末の後始末だったとは。己の運命を呪う。

「これからどうします?」

 まりあはひとりうずうずしている。

「白蛇はとりあえず無視。つっついてもどうせ碌なことにならないから。

 やることは京極、それからあとのふたり、桜王子と白樺を探ることね。ふたりは名前も面も割れてるけど、大学にしか姿を見せないから。あとは車で外と行き来、か……大学構内は、あたしたち三人じゃどうしても目立つかな……まあ、追い掛け回すしかないと思う。土日も使うことになるけれど、バイヤーと交渉でもしているところが撮れたらグッド。実際に使ってる証拠を抑えられたらベター。他に使えそうな脅しの材料でも手に入れらればベストって具合ね」

 素直に頷いてもいいものか悩む。だめだこの子は。根っこからやくざだ。嫌っていても性根が曲がっている。如何に人より優位に立てるかの精神が常に頭の中にあるのだろう。

 華英が内心引いていると、園が、

「そういえば」

 と、口に出した。

「あなた……まりあと菅原の関係を詳しく聞いてなかったなって」

「お話いたしやす」

 胸を張って背筋をぴんと伸ばしたまりあ。ぱしゃりと湯が跳ねる。胸の弧線に沿った一筋の雫が頂へと向かう。自信がみなぎっているかの表情は初めて名前を呼ばれた喜び故か。

 下っ端が上の者に名前を覚えられていた際の反応。こういうの、実家で見たことあるなあ、と、華英は懐かしくなった。


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