第八章 部活荒らし3
「や。奇遇」
「げ」
「げって。酷いなあ」
「写真部じゃなかったんですか?」
「写真はいつでも撮れるけれど、バスケは皆がいるこの瞬間にしか出来ないから」
キザだ。
素で言っているのだろうか。女子たちがコレに群れる感性が分からない。顔は良いが。
この学校特有のやつだろうか?
菅原未知がいた。何喰わぬ顔で汗垂らして皆とバスケしていた。
聞けば、この学校、部活掛け持ち可能なのだという。「今はこの部活」と菅原はよく分からないことを言っていた。
華英は単刀直入に訊くことにした。
「菅原先輩」
「ん?」
「この学校で流行ってる売春について知ってます?」
「ちょおっ!」
話していたら園が叫んだ。驚いた拍子に、膝でも当てたのか、背中を丸めて椅子の上で膝を抱えている。涙目だ。
「なぁっ、なあんで言っちゃう!?」
「や。めんどくさくて。例え知らなくても知ってても関わっていてもすっとぼけられてもどう転んでも問題ないかなって。あいつ……京極は正面からいってもたぶん無理だなって」
「だからって……ええー? そういうもん? それで? どうだったの?」
というより、華英は菅原が確実にこの件について深く知っていると睨んでいた。匂わせていた。自分に対し、気付いたなら訊いて来いと促しているようにさえ感じていた。
それは……、
『お金持ちがお金持ち相手にすることって何だと思う?』
去り際、あの時菅原が放ったこの台詞。あの時は意味が分からなかったが、今なら分かるからだ。
確実にこの件を差しているのだと。そして、それは北条時子とも繋がっているはずだと。
きっと、何らかの形で。
菅原未知、北条時子、京極由良、どう繋がっているかはこの段階で検討も付かないが、その糸は絡まっているのであれ、繋がってはいるはず。
だから、とりあえず、やりやすそうな場所から攻める。
北条は話が通じなさそう、そして意図も狙いも読めない。京極は大学生ということで接点がない。広げるにしても苦労しそう。それに、性格が。
その点菅原は、裏はありそうだが、華英にしてみれば素直にも映った。優しいのとは違う。云ってみるなら純粋。もちろん、ただの印象だ。だが華英は気持ちで動く。
休憩時間。その日は土曜日。
がっつり時間があった。がっつり体を動かした。開け放たれた校庭に面する体育館横扉から走るサッカー部を眺めた。華英は菅原の隣に腰下ろした。石階段はひんやりしていて砂っぽかった。体を動かし気持ちがよかった。たぶん、お互いにそうなはず。
「お金持ちがお金持ち相手にすること――ビジネスですよね」
「あれ。全うな回答」
「わたしを何だと思ってんですか?」
園なら、強奪?、とでも、真顔で言いそうだ。スポーツドリンク片手に息付く菅原は冷めた目をしていた。骨ばっていて、華奢で、けれど女の子としての成長は伺え、澄ました態度でどこか影がある。改めて見ると身長は華英と同じか少し高いくらいであった。
つまり中学生。
この人もちょっと前までランドセル背負ってたんだなあとどこか他人事のように思う。
「北条先輩が言ったんですよね。私はあなたたちの敵、に、なるかもしれないって。どういう意味か分かります?」
応えない菅原に重ねて訊いてみた。
単純に疲れていて口を開くのが億劫そうにも見えた。だから、答えやすい質問に変えた。菅原は口を開く。
「言葉通りの意味だよ。言わなかったっけ? 立場を変えてみろって。時と話したなら分かると思うけれど、時は見たまま喋ったままの、誤解されやすい子だから」
アレが誤解。挑発されているとさえ華英は感じていたが。
自身の発言が相手のどう受け取られるか想像することもできない根暗ってだけか。
あの、みすぼらしい見た目もそれを裏付けているようにみえる。
つまり悪意はない。ないこともない?
考えてみる。想像してみる。
不安――という言葉が浮かんだ。
「……向こうもわたしたちが敵か味方か分かんなかった、とか?」
「そう」
北条はあれでも校長から直々に生徒会をやらないかと指名を受けるくらいなのだ。真面目。成績優秀。それで通っていた。そんな真面目な北条がぎりぎりで指名を受けたのは、一重に、北条の誤解されやすい性格が故。候補には上がっていたが、後回しにされた。そういうことらしい。
「そんな真面目な時が、裏口入学だ家がやくざだなんだって聞いたら警戒するでしょ。普通。生徒会っていう立場を利用して好き放題やるんじゃないかと疑っていた。生徒会ってけっこう予算下りるんでしょ?」
「まあ。そのへん詳しくは知らないですけど」
お隣同士。情報は共有されているのだろう。話しぶりからかなり深い関係と見える。あの写真からしてもみてもそうだ。
北条の悩みから自分たちのことまで、何から何まで目の前の相手には基本筒抜けになっていると考えて挑んだ方がいい。
「だからって試すような真似を? 隠れてまで?」
「そう。時からみれば君らは怖かったんだ。それに――」
華英が目で促すも、菅原は視線を逸らした。
その先にいるのはサッカー部。じゃれ合っている。休憩時間らしい。つい先日あそこにいた華英だから分かる。ミニゲームが終わったのだ。京極の指導の元、反省点を洗い出し、適度に冗談を交えつつ、次にいく。
「あんな感じで可愛がられてたんだよ、彼女」
彼女とは、聞くまでもなく北条のことだろう。
一年の前髪長子さん(名前は知らない)が、京極に背中から抱きつかれていた。前髪長子を盾に京極が逃げ回っている。完全に遊んでいる。色々な部活を荒らした華英だから分かる。
ここのサッカー部はあまり強くない。
「サッカー部だったんですね。意外……って、そういえばなんか言ってたな……消えるフェイントがどうとか……」
「ああ、漫画貸し借りする中だからね。隣だし。私は不和とシゲのカップルが好き」
サッカー漫画兼恋愛漫画なんだろうか。
膝に顔を埋めチラと見られた。どこか恥ずかしそうであった。
瞳を上から見返すと逸らされた。がっかりしているようだ。
ふと考えが浮かぶ。
「……校長から貰ったデータ、アレに流したとか?」
華英は校庭真ん中でぐるぐる回る京極を指さした。
「いいようにやられたみたいだねえ」
今更どうしようもないとでも云うような溜息だった。
「生徒会をやるかもってことついては、由良さんは知らなくて」
由良さん。華英は口の中で呟く。心に留めスルーする。
「部屋出入りしている内に、パソコンの中身見られてデータ抜かれたみたいだね。気付いても後の祭り。時子、パソコン持ってなかったからさ。学校から借りてたPCにやばいデータ混ざってたと向こうは解釈してるみたいだけど」
園の部屋に入り浸っている際、少しばかり拝見させて貰った華英だからこそ分かる。アレはやばい。よくあんなもん渡したもんだと思う。
生徒の個人情報親の仕事過去起こした問題行動過去この学校で起きた事態問題。なら、頼んだ手前理解出来なくもない。が、学費給食費寮費滞納、その正確な理由、催促した際の受け答え、最新の電話メールのやり取りなんかまで載ってたりした。相手がやくざの娘だってこと理解してるのか、これ渡した奴は、と華英は唸った。
見ちゃいけない、てゆーか見たくないと華英はほんのさわりで見るのをやめた。
「北条先輩が生徒会下りたのって」
「良心の呵責、じゃないね。逃げ、だね。もし生徒会続けていたら、貰ったデータ以上に生徒のやばい個人情報貰っちゃうだろうからって言ってさ」
校長の依頼はお悩み相談なのだ。
困っている生徒の困っている事情を聞いていき、そこにあの京極が出張ってくる。ああして中学に平気で入り浸っているくらいだ。仲良い振りして生徒会室に出入りして、あんな風に影ある子に優しくしていったら面倒必須。初対面、不信感しか抱かなかった北条より、よっぽど京極に相談するだろう。
解決どころか、余計な問題増やすだけ。
そう、そのことが訊きたかったのだ。尻を直した。
「何で中学でやってるんですか? 自分らのお仲間誘った方が早くないですか? てか、そっちの方が払い良いんじゃないですか? だって中学生ですよ?」
「何でだと思う?」
逆に聞いてきた。華英は空見上げ考える。
自分の体を見下ろす。胸から尻から眺める。
「若い方がウケ……払いがいい?」
特殊。故に大金を払う客はいる。
「流石。だけどそれだけじゃないんだ。自分たちの学校でやるとすぐに噂が広まるから。だから中学に行くんだよ。高校より力入れてるのはその為。より遠い方がいい。距離も関係性も。単純に若い人の方が好きな人は多いよ? 若ければ若い程いいんだ。純粋だし、スレてないし、興味津々だったりもする。こういう学校ってのもあって、中学生から見た高校生大学生、高校生から見た大学生の話って他の学校にはない力があるんだよ。連帯感……違うな、説得力って云えばいいのかな。或いは強制力。あと忘れちゃいけないのはこの学校のブランド力。制服が。とにかく。ウケるんだ。あの白の制服が」
「はあ」気のない返事しか出来ない。
「レベルがあるんだ」指を三本立てた。




