真 side 2
「正直、このおばさんにはずっと腹が立っているのよね。何か知っているみたいなのに、動かないわ、協力しないわ、泣き叫んでいるわで。アンタたちも、そう思ってるんでしょ?」
「まあ、何か知っているなら、とっとと手を貸してくれって、内心は思っていますけれどね」
鈴木が同調して頷く。
潤美は髪型が崩れることも気にせず頭を掻いた。
「私はもうここにいたくないの。本当に気が狂う前に、どんな形でもいいから抜け出したいわ。そうだ。そこに散乱している人形の破片とか、拷問に使えそうじゃない」
「使うって、どうやってですか?」
「やったことないから、わかんないわよ。手の平をブスブス刺すとか?」
「それじゃあ、ただのツボ押し程度ですね」
鈴木が困ったように笑った。
「瞼の縁に破片を挿し込んで、目玉を繰り抜く」
「えっ?」
そう言ったのは私だった。自分でも恐ろしくなるほどの低い声とその発した内容に、気づいた時には遅かった。
ショウコはさらに大きな悲鳴をあげると、椅子に座る美香の後ろへ隠れた。美香がキッ、と私を睨み上げる。
「駄目です。そんなの、絶対に。真さん、あなた医師でしょう。こんなこと、絶対に間違っているわっ」
愛しい恋人から浴びせられる非難の言葉に、私の感情は爆発した。
「じゃあ、いったいどうしろと言うんだっ。このままじゃ、みんな殺されるんだぞっ」
そう叫ぶと、美香は何を言われたのかわからないと言った様子で、「ころ……される?」と呟いた。
鈴木と潤美も、同じ反応をしていたことだろう。私は荒くなる息を、深呼吸をすることで落ち着かせると、
「怒鳴ってすまない。だが私も、余裕がないんだ」
美香から顔を逸らして謝った。
「お医者さんといっても、人ですからね」
鈴木が慰めるように、私の隣に立ちながら言った。続けて、彼は美香とショウコに向かうと、
「拷問なんて、冗談ですよ。ただ、本当に何かを知っているなら、洗いざらい話してもらわないと、こっちもそろそろ限界なんですよね」
「わ、私……私は……ほん、とに、なにも……」
ショウコは何も言わなかった。
私はショウコを問い詰めることを止めて、突破口を見つけたと自慢げに言っていた平について、潤美に尋ねた。
「武藤さんが亡くなるより以前に、平は何か変わった行動をとっていなかったか?」
「んと、そうねぇ」
潤美が人差し指を頬に添えながら、一旦考える素振りを見せ、
「そういえば、この子がアンタたちのもとへ向かってから、あのデブ一度だけ立ち上がったわ。私は『1』の診察室にいたんだけど、いきなり懐中電灯を向けられたからムカッとしたのよ」
と、美香を指さしながら答えた。潤美は続けて、
「デブはしばらく、私のいる診察室をロビーから見つめた後、懐中電灯を少しだけ上に動かしたの。そのまますぐに処置室の方へ懐中電灯を向けて中を覗きながら、『なるほどなあ』って呟いていたわ。それだけよ」
診察室から処置室へ、懐中電灯を向けただけ? それだけで、平はいったい何を掴んだんだ?
「中に入って、特に何かをしたという様子もなかったのか?」
「さあね。私もあのデブを監視していたわけじゃないから、細かいところまでは知らないわ。少なくとも、あの時のデブはロビーから動いていないし、声を聞いたのもその呟きくらいよ。喋りたくもなかったしね」
あんな気持ち悪いやつ、と潤美は吐き捨てるように言った。
安楽椅子探偵。彼はそう言っていた。ただ座っているだけで、いったい何がわかったというのか? この時はまだ、三階をろくに調べていなかった。持ち寄ったのは手分けして得た少ない情報だ。しかしそれだけで解いたのだとすれば、この三階は何らかの鍵ではなかった? では、武藤が亡くなる前に出し合った情報で、重要なこととはいったい何なのか。
口元に指を添えながら考えていると、鈴木が自分の懐中電灯を手にして、あの人形たちを照らした。
「それより、せっかく全員でここまで来たんですから。犯人のメッセージの方を考えてみませんか? そもそも、閉じ込めたのは犯人で、罪を告白しろって言われているんですから」
私は促されるままそちらを見ると、横たわる人形と目が合った。武藤が突き落とされる直前、彼の剥き出しの両眼と目が合ってしまったからだろうか。たとえ今、こちらを見つめるそれが人形で、作り物だとしても、視界に入れたくなかった。
「下にいるぽっちゃり君も、武藤さんが亡くなる前にこの人形の話は耳にしていました。この人形と、あのメッセージ。それらを踏まえて、何かを見つけたのかもしれませんね」
「しかし、罪と言われてもな……」
確かに、武藤が亡くなる前、平は切り抜きのメッセージと人形の情報を、すでに私たちから得ていた。だがその後も、平はロビーから出ていない。潤美の言うように「なるほど」以外に言葉を発していないのだとしたら、メッセージの「罪」とやらは告白していないはず。
もしかしたら、潤美とショウコには見えない位置で、何かをしていたのかもしれないが、彼を観察せずとも少しでも動きがあれば、警戒心の強い潤美のことだ。異変に気づいたことだろう。
彼が本当に、ロビーにいただけなのであれば、「罪」と「告白セヨ」は文字通りに受け取ってはいけないのだろうか?
「ねえ、鈴木。アンタのその手首のやつは趣味なのよね?」
ふと、潤美が鈴木に向かって声をかけた。鈴木は「はい。それが?」と、潤美に聞き返すと、彼女は訥々と語り出した。
「そう。私はね……死にたくなるのよ。本当に。昔、好きだった人を……裏切ってしまったから」
それは突然始まった、告白だった。潤美は声を震わせながら先を続けた。
「その時は、少し困らせてやろうってくらいの感覚だった。好きなのに、大切なのに、愛しているのに、全然こっちを見てくれなくて。些細なことで苛立ってしまって、それで私、余計なことを、他人に喋ってしまって…………あの人は、死んじゃった」
潤美はポロポロと涙を零した。相手のことがよほど好きだったのだろう。
顔を両手で覆い、彼女は項垂れつつも、告白を続けた。
「ふとした時に、出ちゃうのよ。普段は死にたいなんて、思わない。一日、一日を生きていくことに精一杯で、そんなことを考える暇もないわ。衝動っていうのかしら。この時期になると毎年、死にたいという気持ちが、湧き水のように溢れて溢れて、もう堪らなくなっちゃって……。でも、鈴木のように私は体に傷をつけられない。大切な商売道具だもの。メンヘラと思われて、指名されなくなるのは避けたいの。だから私の場合、睡眠薬を大量に飲むのよ。でも、いつも死に損なって、ただ体調を崩して終わるだけになってたわ」
潤美は顔から両手を離し、頬を涙で湿らせながら、
「それって、罪になるのかしら?」
と、私たちに尋ねた。
潤美の言う余計なことが、好きな相手にとってどういったものだったのかはわからない。他人に嘘を吹き込んだのか、相手にとって不利となる事実を伝えたのか。どちらにしても、彼女自身が悔やんでいるんだ。些細であっても、そこには悪意があったのだろう。
直接手を下していなければ、罪に問われることは少ない。しかし、潤美の中では自分が相手を死に追いやったのだと思っているからこそ、罪の意識に苛まれて、自殺を図ってしまうのだろう。
何と言葉をかけてやるべきか考えていると、鈴木が口を開いた。
「大切な人の方はよくわかりませんが、自殺を図ることは罪になるんじゃないですか? どこぞの宗教観では、自殺は最も重い罪っていいますしね。人殺しと同義です」
「自分の命なのに?」
「それでも殺人ですからね」
鈴木が言い切ると、潤美は目を伏せながら、「そうなのね」と悲しそうに呟いた。




