慧 side
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鬼だ、鬼だと、やたら騒ぐ女がいた。名前は確かショウコ。そう、祥子という名前だ。彼女は事件当時、ずっと怯えていて、自らは何も動こうとしない女だった。人に言われて動く。すべてに対し、受け身の女。そして、責任そのものを酷く恐れていた女だった。
終始、鬼だと騒いでいたから、そんなに鬼から逃れたいのなら、とっとと動け、こっちを助けろ、と。私は心の中で叫んでいた。
あれはあれで可哀想な女だったのだろう。しかし私にとっては、ただ鬱陶しいだけの女だった。
「あなたは……鬼って信じます?」
私は目の前の男にそう尋ねた。何の脈絡もなく、唐突に発した私の質問に、男は戸惑う様子を見せた。まあ、当然の反応だな。
私は男の返事を待たずに続けた。
「実はあの廃墟には、鬼がいたんです。その鬼は、当初は一人……いや一匹でした」
鬼の単位がわからないから、とりあえず匹にした。“人”は人につくものだ。それとは分けたかった。
その鬼がすべての始まり。すべての元凶だった。
「それからですね。人間だった者が一匹、もう一匹と、鬼となって増えていきました。まるで鬼ごっこみたいにね」
何という連鎖反応だろう。あのまま人間でいてくれたらよかったのに。そうしたら、あの鬼を止められたのかもしれないのに。
彼らは狂った。いや、元から狂っていたのか。ともかく、彼らは人であることを辞めた。
「なんて、ね」
私は冗談だ、と口角を持ち上げた。
「でも、あの事件がすべて、鬼という化け物による仕業だと思えていたら、じゃあ仕方ないよねで済んだんですかね……」
男は答えない。私もそれ以上は、言えなかった。




