真 side 5
「でも、六つの罪って……この中の人間が、一人六つも罪を犯してるだなんて、ちょっと多すぎじゃない?」
その潤美の台詞に反応したのはショウコだった。ソファから立ち上がり、必死な様子で首が千切れんばかりに左右に振った。
「わ、私は何もしていませんっ。本当ですっ。そ、それに、生まれてこのかた、警察のお世話になったことなんて、一度だってないんですからっ」
「ショウコさん、落ち着いて。大丈夫だから。ね。座りましょう」
美香がショウコに座るよう優しく声をかけるも、ショウコは充血した目を見開きながら、「私は悪くないわ……だって、何もしていないんだもの……」と呪文のようにぶつぶつと言い、やがて憑き物が落ちたようにストンと腰を下ろした。
暴れたりするのかと思いきや、結局は大人しくなったことに、ふうと、安堵の息を吐くと、鈴木が茶化すように口を開いた。
「それはないんじゃないですか? 私も警察の世話になったことはないですけれど、人って大なり小なり罪を犯しているものだと思いますよ。例えば……」
ちらりと横目で美香を見て、
「例えばです。美香ちゃんが真さんに内緒でコソコソと浮気をしていた。これ、有罪ですか? 無罪ですか?」
浮気という単語に、私は眉を上げて鈴木を見た。
対して彼は、「例えばです。例えば」と私を宥めるように繰り返す。
いきなり嫌疑をかけられた美香を見下ろすと、彼女は困ったように眉を下げていた。
二呼吸ほど間を空けた後で私が口を開こうとすると、
「浮気は罪じゃないでしょ」
と、潤美がきっぱりと言い切った。
鈴木もその答えは予想済みだったのか、「そうですね」と首を縦に振る。
「潤美さんの言うように、浮気は罪じゃない。厳密には、犯罪行為じゃないです。昔は姦通罪っていう犯罪だったようですけれど、浮気をしたところで今は罰せられません。でも、結婚をしていれば、立派な不貞行為にあたりますよね? 結婚していなくとも、倫理的にアウトってやつだ」
法律で裁かれることはない。しかし、婚姻関係を結んだ相手を裏切る倫理違反。少なくとも、裏切られた人間からすれば、裏切った人間は罪を犯したことになる。
ここで問われている罪が、法的によって罰せられる罪のことを示しているのか。それとも法律では裁けないものの、傍から見れば罪ともとれるもののことを示しているのか。
「どうですか? みなさん。一度、自分の左胸に手を当てて考えてみませんか?」
と、鈴木が自身の薄い左胸に手をあてて、皆を促した。
言われた彼らは胸に手をあてこそしないものの、これまでの己の行為を振り返っているのか、目線を下にして黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは潤美だった。
「万引きをしたわ。十代の時だけど。コンビニで。これって窃盗罪ってやつでしょ?」
「割りとスタンダードな罪を告白されましたね。それこそ、ドラッグくらいやっているのかと思っていましたよ」
と、鈴木が言うと、
「失礼ね。脱法ハーブまでよ」
「充分、アウトだな」
続けざまに罪を告白する潤美の隣で、武藤が呆れ気味に呟いた。
おもむろに、潤美が頭の後ろで留めていたバレッタを外し、長い髪を手ぐしで前から後ろへと流した。黒と赤みがかった茶色が混合する妙な髪色だと思っていたが、よく見ると、髪の外側が黒く、内側のみが明るいという変わった染め方をしていた。
染めた内側の部分が傷んでいるのか、流している最中、ところどころ指が引っ掛かっていたようだが、再び垂れた毛先を上にして、纏めるようにバレッタで留め直した。
この間、何かを考えていたのか、ただ髪を直したかっただけなのかはわからない。潤美はふうっと息を吐いた後、
「でもね、それくらいよ。パッと思い出す自分の罪はね。それに、どれも十年ほど前にやったものだし、全部男絡みだったしね。ダメ男どもと縁を切った今じゃ、特に何もないわ」
以上、と言わんばかりに腕を組んだ。
「それで? 言い出しっぺのアンタは何かないの?」
「私ですか? そうですねぇ……」
潤美が鈴木を顎で示すと、彼は胸に手をあてたまま「これくらいしか思いつかないんですよね」と自身の手首を見下ろすように言った。
「体を傷つける行為が罪だって言うんなら、俺もか。日々、アルコール漬けだ。もはや体の半分が酒だな」
武藤が鈴木に続いて告白する。一見、罪とは程遠いとも思える行為だが、アルコール依存症は自分だけでなく、家族や周囲を巻き込む病気だ。それによって失われたものがあるのだろう。武藤の目はどこか遠くを見ているようだった。
「何にせよ、俺たちに罪を告白させたいということであれば、あの監視カメラも納得がいくな」
武藤は親指で後方の監視カメラを示した。鈴木がうんうんと頷く。
「そうですね。真さんがもっと早くにこれを出してくれていれば、あの監視カメラについてあれやこれやと考えずに済んだんですが」
「それは……」
私が理由を口にする前に、鈴木が「いいんですよ」と口元を弧の形にしながら遮った。
「もしかしたら、このメッセージがあなたにとって都合の悪いものだったかもしれないなんて、そんなこと微塵も考えていませんから」
そう言って、皮肉めいたことを口にする彼の目の奥は、笑っていなかった。
何か持っていないかと振られた時に、切り抜きのことは頭を過った。その時はまだ、ショウコや平が何を持っているのかを知らなかったため、切り抜きを出すことで有耶無耶になったり、所持品を隠されたりでもしたらと思うとできなかった。
開示が遅すぎたかもしれないが、結果的にはこれでよかった。余計な先入観は思考の妨げになるからだ。
それに発見もあった。切り抜きを見せた時、文字の入れ替えに率先して動いたのは鈴木と潤美。そして口を開いたのは武藤だった。ショウコと平は依然、動かないままだった。
もしもこの中に犯人がいるのだとしたら、このメッセージを一刻も早く彼らに見せたかったに違いない。そうでなければ、監禁に意味がなくなってしまうからだ。ああだこうだと率先して動いてもおかしくない。
全員が被害者。そう信じたい反面、全員を疑ってしまう。それはこの事件の結果を知っているがゆえに他ならない。何にせよ、鈴木、潤美、武藤、この三人は今後も注視したい。
一方で、平とショウコは怪しい言動をとっているが、ショウコについてはこの怯えようだ。主犯格に脅されて犯行に協力したと考えられなくもないが、それにしてはあまりに頼りなく、また被害者とともにここで監禁される意味もわからない。どちらかといえば、彼女はすでに何らかの罪を犯していて、それを問われるために監禁されているかのようだ。確たる証拠もないのに決めつけることはできないが、この老女は犯人ではないだろう。
そんな推理とも言えない考察をしながら、私は「そんなわけないだろう」と鈴木、ひいては彼らに言った。
「もしも、このメッセージが私にとって都合が悪いものだとしたら、そもそも今、この場で出したりしない。最後まで隠し通しているよ。だが、少し出すのが遅かったかもしれない。それについては、謝ろう。すまなかった」
私は両手を膝に置いて、頭を下げた。隣の美香が私の名前を呼びながら、そっと背中を撫でた。
そんな私を見て、鈴木が「わかっていますよ。そんなこと」と、許すように言った。
「あなたが何かしらの考えをもってこれを出さなかったことも、ちゃんとわかっています。逆の立場だったら、同じようにしていたかもしれませんしね。ただ今後、私たちを試すともとれる行動や、不必要な隠しごとはやめてください。解決策を考えるために、私たちに協力を煽ったのは他でもないあなたなんですから」
「ああ。わかった」
私は頭を上げて頷いた。
ここで、美香が「あの、少し気になったのですが……」と控えめに発言した。
「犯人がここに懐中電灯を用意したということは、私たちにただ罪を告白させたい……というわけじゃないんですよね? 身に覚えはないですけれど、私たちが犯したかもしれない罪を言わせたいだけだというなら、懐中電灯なんて用意しなくてもいい。ここには誘導灯もありますし、まったく見えないわけじゃないです。でも、手足を自由にさせてこれを用意しているということは、こちらに罪を告白させるために何かをさせたいか、見せたいか、探させたいか……とにかく行動をさせたいのでしょう」
そこまで言うと、鈴木が天井を見上げながら言った。
「行動して何かを得られそうな場所といったら、もう三階しかないですね。このメッセージも美香ちゃんとともに三階にあったらしいし。それに、主張が激しめなあの人形たちも、犯人の破壊的欲求が詰め込まれた芸術作品ってだけじゃないのかも」
言われてそうかと思った。てっきり、あの人形たちは犯人の抑圧された欲求や衝動が向けられた結果だと思っていたが、そもそもこの切り抜きは三階にいた美香とともにあった。文字によるメッセージを伝えたいだけなら、この一階でもいい。美香以外の五人が揃っているんだ。そして膝を突き合わせて告白させればいい。なのにそうせず、あんな場所にメッセージを置いた理由は……
「あの空間全体が、我々に対する犯人からのメッセージだと……そういうことか?」
「真意はわかりませんがね。どちらにしても悪趣味で、異常です。ですが、あそこはさほど調べてないし、このまま犯人が現れないならもう一度行ってみて、周囲の出入り口を含めて探ってみるのもいいかもしれません。それに、もしかしたら私たちが気づいていない、あるいは忘れているだけで、何かしらの罪を犯しているということもある。それこそ、犯人にとっては、ここまでして許せないほどの何かをね」
鈴木は言い終えると同時に、私たちの顔を順番に見た。
本人には自覚のない、しかし彼らを閉じ込めた犯人にとっては、許せないほどの罪。それはいったい何だろう。そしてそれほど許せない罪を、私の恋人が犯していると?
私は美香を一瞥する。途端、胸の奥がざわついた。なんだ、この胸騒ぎは。私は膝の上で拳を握った。
いや、違う。今はこの異様な雰囲気にあてられているだけだ。疑心暗鬼になってはいけない。たとえ、犯人にとっては罪だと思うことも、美香や彼らにとっては、そうではないかもしれない。些細なことから大きな勘違いを生むことだってあるんだ。
美香を疑うな。でなければまた、彼女を失ってしまう。




