慧 side
この物語は「慧」、「真」の二人の視点から語られます。
美香。
その名の通り、彼女が美しくなかったら。あんな事件は、起こらなかったのかもしれない。十二年も前のことだ。
今もなお、夢に見る。見知らぬ人達が私と同じく冷たい地べたの上で転がる中、彼女だけがその身を穢され、嬲られ、引き裂かれていた姿を。
それはもう、惨いものだった。人間の所業じゃない。体のあちこちから血を垂れ流し、抵抗すらできないでいるか弱い女性を、どうして甚振り続けられるというのか。可憐な女性だったというのに、彼女の美しかった顔は元がどんな顔だったのか、すっかりわからなくなるほど腫れあがり、潰されてしまった。
私の傍で横たわる彼らのことも、気にならなかったわけではない。ピクリとも動かない彼らの状態を、確かめたい気持ちはもちろんあった。しかしそれよりも、目の前の残忍な行いを止めることの方が先決だった。
とはいえ、この時の私に残された力はほんの僅かだった。突然放り込まれた理不尽な状況に長いこと置かれ、肉体的にも精神的にも疲弊していたからだ。
爪は剥がれ、指の皮膚は歪んで捲れ、真っ赤に染まった両手には、もはや感覚すらなかった。唯一、できたことといえば、乾いた声帯を震わせることだけ。ずるずると地べたを這う私は、枯れた声で何度も何度も彼女の名前を呼んだ。
『美香ちゃん……! 美香ちゃん……!』
だが残念なことに、もはや意識がないのか、鼓膜が破れてしまっているのか。私の呼びかけは彼女に届かなかった。
また、彼女の黒く虚ろな両眼は何も見えていないのか、まるで人形のように無機質なものに感じられた。
私は恐怖、悲憤、そして絶望を、光の一筋すら入らない暗黒の檻の中で抱いた。
いったい、ここはどこなのか。なぜ、こんなことになってしまったのか。どうして、私達がこんな目に遭わなければならないのか。はじめのうちは、そのような疑問ばかりが頭の中を駆け巡っていた。
次第にこれは罰なのだと思うようになった。大切なものをたくさん傷つけ、ないがしろにしてきた、その報いなのだと。
だから選ばれ、捕らわれてしまった。激しい怒りと憎悪を纏う……鬼によって。
何かが壊され、潰れる音。誰かのすすり泣く声と、怒りの声。そして鬼の咆哮。阿鼻叫喚とはまさにこのことだった。
ああ、ここは地獄だったのかと……その単語が浮かんだ瞬間、なんだか妙に納得してしまった。だから私達は罪を問われ、罰を受けるのだろうと。
だとすれば、聖母のような慈愛に満ちた彼女が犯した罪とは、いったいなんだったのか。あの地獄から抜け出した私と違い、今なお見つからないでいる彼女は、どれだけの業を背負っていたというのだろう。