2.なんと…最推しがいる世界だった
よろしくお願いいたします。オタクの定め。
「おはようございます、お嬢様」
「…ん…おはよぉ…ございます」
いつの間にか日が昇っていたようで、ミクは乳母に起こされた後は朝の支度をメイド達にすべて任せていた。
半分眠っていた意識も髪を結ってもらっている頃には覚醒して、今日の目標である図書室へ向かう。
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図書室は常に扉が半開きになっている事が多く、ミクは難なく中に入ることができた。
まだ三歳児にはきつい高さの本棚が沢山あって、なかなかに首がやられそうである。
ミクの知りたいこの世界の情報が載っている本をこの左右に沢山ある本棚から見つけたいのだが、なかなか大変そうである。
ガタッ
「え?…なに、いまのおと?」
右の本棚の奥からだと思うが何かデカい音がした。恐る恐る音のした本棚の方に向かう。
チラッと覗いてみると、そこには「紫色の綺麗な髪」があった。
三歳児の視点なので、最初はそれしか目に入らなかったのである。
「ん? 髪の毛?」
「あ…あの、君は?」
そう言って「紫色の髪」が動き、こちらを振り返ると、それが「人」であると分かった。
髪の長い男の子だったのだ。
しかもミクにはめちゃくちゃ見たことがある顔だった。
(…信じられない。とても私の推しに似ている。いや、そんなわけないでしょ! ハハハ!!
ハッ!! 挨拶!!)
ミクは咄嗟に挨拶をしなければいけないと思い立ち、口を動かす。
「わ、私はこの家のもので…ミクといいます…」
「ミク?…叔父様が言っていた子が君なんだね…」
「あ…あ、あの、君は…?」
「えと、僕は『マティアス・レンブラン』…君のお父様と僕の父上が仕事仲間で、今日は君の家にお邪魔しているんだ」
(…………嘘だと言ってほしい)
ミクは彼は本当にあのマティアスなのか…と驚きで動けなかった。
『マティアス・レンブラン』は、某〇〇社から出ているノベルが原作の乙女ゲーム「夢のはざまで」の主人公である。彼は執着系爽やかイケメンとしてかなり人気だったミクの最推しなのだ。
つまり、発狂確定。
(まって…わたし…………)
「推しのいる世界にきちゃったの~~!?!?」
「…お、推し??ってなに?」
「あ、なんでもないよ、ほんとなんでもないから…!!!!」
(やばい、声に出しちゃったよ!!
なんとか話題を変えなければいけない。深く聞かれたら(私の人生が)終わる!!)
「そ、そんなことより~どうしてわざわざ図書室に?」
「父上に暇だろうからここにいろって言われたんだ」
「へぇ…そ、そうなんですね…」
(ついじっと見てしまうほどの美しさ…。
最推しの幼少期はゲームでは描かれていないので、とてもクるものがあるわぁ~)
ミクはニヤつきそうな口角をなんとか抑えて、マティアスと会話を続ける。
「私は、本を探しに来たんです…」
「そっか、どんな本を探しにきたの?」
「えっと…この国のはなしとか…」
「それならさっき見たから取ってあげるね、あっちに座ってて」
そう言って窓際の方を指さすマティアスに従って、ミクは座れるであろう窓の縁に腰かけた。
少し経ってマティアスが本を数冊持ってきてくれ、なぜかミクの隣でそのまま本を読み上げていた。
これぞオタクの耳が死ぬ「読み聞かせ」である。
ミクは隣にピッタリと最推しがくっついているせいで全然内容に集中できなかった。
その後、ある程度の本を読み上げた頃にマティアスの父が彼を迎えに来て、なんとかその状態から解放されたミクであったが、マティアスが去った図書室に入れ替わりで迎えに来た乳母たちに心配されるレベルで顔が死んでいたらしい。
ミクは困ったことに最推しの世界に転生してしまった衝撃と、推しによる子供ゆえの無邪気な攻撃(物理)を受けてしまい、読み上げてもらった内容の記憶がなかったため、今日の目標は未達成のまま一日が終わってしまったのであった。