進軍開始
久しぶりの休暇は実に穏やかな時間だった。セルマを連れて買い物をしたり、花街に行ってパリータの様子を確認したり、戦争の情勢や王都の派閥争いについて酒場でエマと情報収集をしたり。新しく部隊に入った人たちの歓迎会も開いたし、祝福教会のシスターを連れてアルジェブラさんの診察も行なった。特に病気や呪いの類いは受けていないらしい。でも診察を受けている間、アルジェブラさんはずーっと虚空を見つめていた。どこかおかしいけど、何がおかしいかわからないから変な感じ。
魔導具の修理は結構楽しい。例の蓄音機を頼んだ少年が噂を広めてくれたらしく、私やポルナード君を求めて来店する人がちらほらいる。ポルナード君の腕も少しずつ上達しているから、いずれは彼に任せっきりでも大丈夫になりそうだ。ちなみにエマを店に連れてくると目に見えてポルナード君が緊張して面白かった。
「メヴィ隊長、二級昇格おめでとうございます!」
シャルマーン戦でマースリン・エダを討ったことや即席砦の攻防、サミダラ要塞での戦い、シャルマーン東拠点への夜襲、そしてサルトリア魔術学院での王女捜索など、数々の依頼をこなした私とエマは、その功績が認められて二級に昇格した。二級ともなれば上級魔術士に分類され、魔導のエキスパートとして各地で活躍するようになり、一般的な魔術士からも一目置かれる。肩書きが変わっただけではあるけど、なんだか以前よりも自信がついた気がした。
私たちの昇格が決まった日、部隊のみんなが宴会をひらいて祝ってくれた。私たちが伝える前からなぜか彼らは知っていた。なぜだろうね。ちょっと怖いけどお酒を飲んでいたら全部どうでもよくなった。
部隊の顔ぶれは以前と変わってしまった。私とエマが学院に行ってる間、みんなはサミダラ要塞で苛烈な戦いに身を投じていたからだ。結果としてシャルマーン軍に大きな打撃を与えたけれど、相応の代償を私たちは支払うことになった。
ウサック要塞のときに一緒だったのは四人だけになってしまった。私と、エマと、ポルナード君と、彼の友人であるオリバー。とっても寂しいからいつもより多くお酒を飲んだ。
全体的な部隊の数としては増えている。私の知らない間に入隊志願者が集まったらしい。かつて十人にも満たなかった私の部隊は四十を超えるようになり、小隊と呼ぶにはいささか多い数になった。
世界は回る。私の知らないところで、部隊のみんなが命を落とす。義勇兵なのだから誰もが覚悟のうえだ。でも仕方がないことだと受け入れられるほど、私は大人じゃない。みんなと会えなくなるのはやっぱり寂しい。
だけどみんなの前では気丈に振る舞わないといけない。だって私は隊長だ。私が暗い顔をしてはいけないのだ。
だからある日、融和派の失墜によりシャルマーンとの停戦が失敗し、戦争がより激しくなることを知った。私はあえて明るい口調でみんなに伝えた。
ある日、サルファの祝福教会を除く、他の教会が徐々にパラアンコから撤退をし始め、各教会が卸していたお酒や治療薬が手に入りづらくなると知った。私は「秘蔵のお酒があるから大丈夫ですよ」とみんなを励ました。
そしてまたある日――。
「次の戦場が決まりました」
西方蛮族が本格的に攻め込んできたという報せを聞いたとき、私はいつも通りの態度を演じながら、部隊のみんなに伝えたのだ。
◯
西方蛮族が統治する街・プーレリア。その中央にそびえる城の一室に厳格な空気が漂っていた。室内には名高いカーリヤ族の戦士が集まり、緊張した面持ちで口を閉ざしている。彼らは王の発言を待っていた。
「パラアンコの第三王女は死んだ。これで融和派などという愚か者どもは大人しくなるだろう」
西方蛮族の王、ロネ・ドロシーが憎々しげに言う。
西方蛮族にも融和派と呼ばれる派閥がいた。長い戦いに疲れ、カロリーネ第三王女の声に耳を傾けた者たちだ。彼らはパラアンコと手を結ぶべきだと主張をしたが、それはロネを始めとした好戦的なカーリヤ人にとって許し難いものだった。
カロリーネという旗頭が消えた今、パラアンコとの全面衝突は避けられない。
室内の空気は完全にロネが支配している。なぜならば彼は英雄であった。西方蛮族を長きにわたってパラアンコから守り、時には領土を奪い返した稀代の王。彼がいなければ西方蛮族はとっくに支配されている。ゆえに彼の言葉は絶対。口を挟むなどもっての他――。
「もっと私を褒めてよ兄様。単身で魔女のお膝元に潜入したんだよ?」
只一人を除いて。
ロネと似た顔つきの少女が子供のように体を揺らす。菌糸の魔女・ピッチ。またの名をピネ・チェア・ドロシー。ロネの妹であり、西方蛮族を守る魔女。
「帰るのが遅い。お前が学院で羽を伸ばしている間、我らの領土で何が起きたのかを知っているのか?」
「“雨乞いの魔女”が現れたんでしょ。でもそれは私の責任じゃないと思うな。向こうが勝手に来たんだから」
「さっさと帰っていれば被害を抑えられた。とにかくエレノアの件はお前に任せる。これ以上、奴を好きにさせるな」
もしもエレノアの邪魔が入らなければ、メヴィやフィリップたちが赤硝国家と戦っている間に攻められた。ウサック要塞を取り戻すどころか、かつてパラアンコに奪われた領土も手に入れられたかもしれない。
ピッチはつまらなさそうに唇を尖らせた。彼女なりに最善を尽くしたつもりだ。多少寄り道をしたのは事実だが、きちんとカロリーネを始末し、ついでに種も仕込んでから帰還した。もっと褒めて然るべきだと思っている。
兄妹のすれ違い。それはひとえにロネが魔女ではないからだ。彼からすれば妹は化け物。魔導の深淵を覗いた者の一人。魔女と人は交わらない。
「エレノアを追い出したら褒めてくれる?」
「褒めるも何も、我々の脅威を排除するのがお前の役目だ。勤めを果たせ、ピネよ」
「そういう言い方じゃあ頑張れないなあ。ほら、もっと妹に愛を込めて言ってよ」
ロネは鼻を鳴らした。愛、と呼べるものは王族に要らない。
兄の態度を予想していたのか、ピッチは特に悲しむ様子もなく肩をすくめた。
「相変わらず兄様はつれないなあ。でもいいよ。エレノアは私がどうにかする。でもパラアンコ軍はどうするの?」
「奴らはシャルマーンからの侵攻に苦しんでいる。我々に割ける戦力は限られているだろう。数の伴わないパラアンコ軍など脅威ではない」
ロネには確信があった。それは決して慢心ではなく、互いの戦力差と練度を比較したうえで、今の時期ならば十分に勝算があると読んだ。無論、王が配下の前で弱気な発言をするわけにはいかない、という事情もある。
「それならいいけど。一応、義勇兵には気をつけてね。私がいない間にプーレリアが落とされた、なんてことがあったら悲しいもん」
「プーレリアにはボルドーが残る。お前の心配は無用だ」
ロネが視線を送ると、配下の一人である“黒熊”ボルドーが頷いた。かつてウサック要塞でメヴィの魔術をはじいた者だ。騎士、と呼ぶにはいささか野生みが強いが、彼の呪痕は一級騎士に相当する規模。かのフィリップと同等である。
「我らがプーレリアはお任せを。今度はうまくやりますわい」
ボルドーは無惨な傷跡が残る右手を握りしめた。メヴィの腐敗によって刻まれた傷だ。完治しているものの傷跡は消えなかった。
室内の空気が沸々と熱くなり始める。戦いの予感が戦士たちの闘志を燃やしている。彼らは元来、戦闘民族。強き者を求める戦士の国。
「それでは往こうか! パラアンコに奪われし我らが大地を取り戻すぞ!」
ロネの宣言を合図に配下が吠えた。一斉に響き渡る轟音が戦いの始まりを告げる。
西方蛮族、進軍開始。




