06 ガチだったのかよ……
「藍住先生……?」
「姫奈さん、お久しぶりですね」
「なんでここに先生が?」
「少し重要なお話がありましてね」
後日、朝霧さんに今後どうしていきたいかを聞くために病院に来ていた。
本日は一人でも小林先輩とでもなく、同じ四番隊の藍住隊員とだ。
藍住隊員は自分の高校で非常勤講師として働きながら、治安維持隊としても活動をしている人だ。
おおらかな性格で、優しくて授業も分かりやすいので多くの生徒から好かれている。
朝霧さんも藍住隊員のことを知っていたようで、急に来たことにとても驚いているようだ。
もう自分は朝霧さんのお見舞いの常連のような形になっており、彼女の今後を聞きに行くのも自分になっていた。
だが、今回は今後に関わるとても重要な事を聞きに行くので治安維持隊の中でもしっかりとしている藍住隊員に同行を頼んだ。
高校の先生なので朝霧さんも知ってるだろうし、藍住隊員のおおらかな性格で、変に緊張したりせずに安心して朝霧さんも接することができるんじゃないかと思っている。
あくまで我々は彼女の意見を尊重するのみで、もちろん重要なことなのでじっくりと考えてもらう必要がある。
その為にも周りの環境が心地よい方がいい。
別に小林先輩がいらないことを言うからとか、テンションが高すぎて落ち着かないとかそういうことを言っているわけじゃないが、明らかにあの人はこの話し合いに合っていない(断言)
当然今日だけで決まるとは思っていないし、朝霧さんにはじっくりと考えてもらって最高の選択肢を選んでほしい。
そう思ってここに来ている。
朝霧さん自身、全身の傷やあざは薄くなっていて瘦せ細っていた体も肉がついてきている。ガーゼや包帯が取れた分、その美貌は増していてとても美しい容姿だ。
もう退院も近い頃だろう。
「重要な話……?」
朝霧さんは少し困惑したようにこちらを見ている。
確かに初めて来た隊員から重要な話があるなんて言われたら彼女も困惑する。
(普段高校にいる先生だから尚更だよな……)
ここはなるべく笑顔で朝霧さんに接することにした。
「そんなに気を重くせずに力を抜いて聞いてくれたら大丈夫ですよ。朝霧さん自身のことなので」
「はい……」
「今日はですね、朝霧さんが今後、病院を退院した後にどうしたいかを聞きにやってまいりました」
「……あぁ、そういうことですか」
「はい」
少しだけ力が抜けたのか、朝霧さんはゆっくりと息を吐いた。
その調子で聞いてもらったらいい。
「朝霧さん自身は今の所何か考えていることはありますか?」
「そうですね。色々と考えていたのですが、どうしたらいいか自分では分からなくて」
「そうでしたか。確かにこの状況ではどうしたらいいか分からないですよね」
「はい……」
「我々としては、朝霧さんの祖父母さんのところに行くか湊斗くんと一緒に暮らすことにするかのどちらかを考えているのですが」
「湊斗くんと一緒に暮らす……?」
「はい」
(えぇ?)
藍住隊員が何の躊躇いもなく平然と言ってのけたので、朝霧さんがまた困惑している。というか自分の方が平然を装いながらも心の中で目を見開いていた。
(割とガチで言っていたやつなのか?)
一緒に暮らすことを本当に提案するとは思っていなかったので、とても驚いている。
あれから、朝霧さんと一緒に暮らしてもいいなんて誰にも言っていない。
どうせ小林先輩が冗談で言っているんだろうと思っていたし、それに隊長もノっただけだろうと思っていたからだ。
それなのに今、こうして藍住隊員の口から自分と一緒に暮らさないかという提案が出たので、もっと自分に相談してほしかったなんて思う。
別に嫌なことではないし、自分的には全然OKなのだが、世間一般的にどうなのかというところが気になる。
暮らしているマンションも一部屋だけ部屋が空いているし、一緒に暮らせないことでもないが……
「湊斗くんとしてはいいんですか?」
「別に大丈夫ですよ。住んでいる家も空き部屋があるので一緒に住めないということではないですし、朝霧さんがいいというのなら」
「そうなんですか……?」
「はい。ただ、僕はあくまで思春期真っ盛りの高校生ですよ?別になにかしようとしたりはしませんが、朝霧さんにとってはどう思うのかと」
「別に湊斗くんが何かしようとする人とは思っていません。普通にいい人だと思っていますし」
「あぁ、ありがとうございます」
サラッと褒められて内心嬉しかったが、彼女も自分をヘタレと思っているんじゃないかと少し心配にはなる。
最初にお見舞いに来たときよりも親しみをもってお互いに話すようになり、さん呼びからくん呼びに変わっていた。
朝霧さんとは徐々に仲良くなってきていたのだが、あくまで数回会った仲だ。それで、自分と一緒に暮らすという選択肢は彼女にとって難しい判断になると思う。
しかも言ってしまえば高嶺の花。自分と暮らしたいなど微塵も思わないだろう。
「まぁ、湊斗くんが何かしたら我々四番隊がなんとかしますからそこは安心できますね」
「ですね……」
藍住隊員が真剣な眼差しで言うので、普段おおらかな人から言われると恐怖が増す。ちゃんと言ってくれているのはありがたいが、もしも藍住隊員にバレてしまったらどうなるかと思うと冷汗が垂れてくる。
「姫奈さん、これはあくまで選択肢の一つですからそんなに気にすることはありませんからね。我々はあくまで姫奈さんの選択に寄り添うのみだけですので」
「はい」
「もちろん、湊斗くんと暮らす選択も考えてもらってもいいのですが」
今まで笑いを堪えていたみたいにあはははっと藍住隊員が笑う。どうやら藍住隊員自身もそんなにこの選択肢を深くは考えていないようだ。
別にそう悪いことではないので、そっと藍住隊員を見ていることにしていたのだが、朝霧さんはこちらを向いて「その選択肢も視野に入れてちゃんと考えてみますね」とニコリと笑って言った。
ドクンッと心臓が一気に跳ね上がる。
(今のはさすがに心臓に来たな……その笑顔で言うのは反則だろ……)
朝霧さんの想定外の言動にドキドキが止まらない。
別に本当に言っているわけではないと思っているが、異性と接することが少ないせいか弱みを握られたような気持ちになる。
まるで天使のような微笑みで、一緒に暮らす選択肢も視野に入れてみるなんて言われたら誰だって胸が高鳴ってしまうだろう。異性に興味がなくたって、少々男の本能というやつは反応してしまう。
やけに鼓動する心臓を落ち着けながら再度朝霧さんを見る。
「分かりました。朝霧さんがもし僕と暮らすことになっても、僕は最優先に朝霧さんのことを考えるつもりなのでその時は安心してください」
「あ、ありがとうございます……」
最優先という言葉が刺さったのか、朝霧さんの頬が少しだけ赤くなる。
本当に思っているがさっきのお返しだのつもりで言った。
なんとなく成功したようなので嬉しかったが。
「数日後にまた返事を聞きに来るので、その時にまた教えてくださいね」
「分かりました」
そう言って、藍住隊員と病院を出た。
(そんなに気にすることではないな……)
この時は湊斗くん、いちごを持っていきましたね。