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69 目覚め

「ウッ……ウッ……ウ……みなと、く、ん……」


 目を覚ますと目の前で大量の涙を含んだ琥珀色の瞳があり、溢れ出て零れ落ちてきている。


 辺りは明るくて、どうやら部屋の中で横たわっているらしい。


 微かに腹の上辺りが痛む。


「……姫奈」

「……え?」

「ごめん、心配かけて……」

「み、みなとくん……?」

「そうだよ」


 変に体に力が入らなくて、普段よりも静かな声で目の前の姫奈に話しかける。


 姫奈の頬を触るとほんのりと温かくて、本当に姫奈が目の前にいることが確認できる。


「い、生きてるの?」

「あぁ……生きてるよ」


 すると、姫奈は少し自分を呆然と見つめてから、理解が出来たのかそのまま自分へ抱き着いてきた。


「ウ……み、みなとくん……」

「姫奈、心配かけてごめんな」

「うわぁぁぁん、死んだかと思ったよぉぉぉぉぉぉ」


 そのまま姫奈は耳元で周りの環境をも忘れて大声で泣き始める。


「本当にごめん」

「うわぁぁぁぁぁん。湊斗くん勝手に死なないって言ったのにぃ」

「姫奈に沢山心配かけてしまったな……」


 それから、姫奈の頭を撫で始める。


 彼女にどれだけ心配をかけてしまっていたのか、自分の想像では計り知れないが、それでも自分の事を今本気で心配してくれている人が目の前にいて、嬉しくて自分も涙が出そうになってくる。


 こんなに自分の為に泣いてくれる人、世界中探しても姫奈しかいないんじゃないのか。


(あぁ……生きててよかった)


 本物の姫奈の事を身近に感じられて、もっと感じたくて、姫奈に触れていたくて頭を撫で続ける。


 そのまま数十分、姫奈は泣き続けて、そのまま自分に抱き着いたままだった。


 それから、一旦姫奈は落ち着いて自分から離れて顔を見せると、彼女の顔が赤くなっていて、目が腫れている。


「俺の為に泣いてくれて、ありがとう」

「……う、、まだ泣き足りないよ……」

「本当に心配かけたな……」


 彼女は泣きしゃっくりをしながら、また泣きそうになっていて、瞳から零れてくる涙を手で拭って彼女に笑顔を見せる。


「生きててよかった。もう一生、姫奈に会えないなんて嫌だよ」

「わ、わたしもそうだよ……」


 今までは当たり前のようにしていた彼女との会話。


 それが今では奇跡のように思える。


 それから起き上がってみると、姫奈が入院してた時と偶然ながら同じ病室に自分はいて、姫奈以外は誰もいない。

 自分は白い病衣を着ていて、腕には点滴が刺さっている。


「維持隊の人に連絡取るね」

「あぁ……ありがとう」


 そうやって姫奈は携帯を取り出して電話をかけ始める。


 消えてしまいそうだった日常が、また目の前で展開されていてることに安堵して、大きく息を吐く。


(本当に死んでなくて良かった……)


 これまで通りに動けるか分からないものの、生きているだけでありがたい事なんだと肌で実感した瞬間だ。


(父と母に感謝だな……)


☆☆☆☆☆☆


 あれから数十分後、姫奈からの電話を受けて藍住隊員と小林先輩が駆けつけてくれた。


「あぁ……ほんと無事で良かったわ。湊斗くん死んだら私も生きられない」

「本当、電話を受けた時は全身の力が抜けたよ……」

「お2人にも、多大な心配をおかけしてしまい申し訳ありません……」

「湊斗くんは謝らなくていいのよ。とりあえず、生きててくれてありがとう」

「そうだよ。あまり謝るのは良くない」

「はい」


 小林先輩は目の前で立ちながら、絶望から抜け出せたがまだ気が気じゃないような顔をしている。一方、藍住隊員は安堵の方が強そうでホッとしたような顔をして、いつもの調子で微笑んでいる。


 小林先輩も藍住隊員も姫奈と同じで、自分の事を本気で心配してくれていて、本当に大切にされているんだなと実感している。


「あれから、あの部屋のクローゼットの中に男性の遺体が見つかって、湊斗くんを刺した奴が犯人だったわ。私たちで逮捕して現在処理中よ」

「どうやら、湊斗くんは胃の辺りをナイフで刺されたらしい。だから、吐血したのは傷ついた胃に血液が溜まってそれが口から溢れ出たらしいよ。もうすぐで出血多量で死ぬ危ない所までいってたんだ」

「そうだったんですか……」

「うん。それで病院にすぐに運び込まれて、手術を受けてから随分と湊斗くんは眠ってたんだよ」

「え、あ、そうえば今日、何日ですか?」

「3月の15日だね」

「……え?」


 その言葉を聞いて、目を見開いて一瞬固まる。


 近くにある電子時計を見てみると、確かに日時の所には3月15日と映し出されていた。


(ホワイトデー過ぎてるじゃないか……)


 姫奈に告白すると決めた日、その日はもう過ぎていたのだ。


 この年のホワイトデーはもう来ないのに。ホワイトデーに告白することに意味があったのに。


 一瞬で心の中が悔しい気持ちになる。


 小林先輩は控えめに顔を上げて、少し悲しそうな顔をして自分の事を見つめてくる。


(この体じゃ、まだ自由に動けるようになるまで時間がかかりそうだ……)


 動こうと思えば動ける。そんな感じがするが、まだ完全に傷は治っていないだろうし、医者からも動こうとすると止められるだろう。


 それから、小林先輩と藍住隊員と姫奈でしばらくの間会話を挟んだ後、解散となって、その日は1人の夜を久しぶりに過ごすことになった。


☆☆☆☆☆☆


 あれから数日、医者の診察を受けながら入院生活は続いていた。


 姫奈は毎日、自分のお見舞いに来てくれていて、ギリギリの時間まで一緒にいてくれていた。


「何だか、昔を思い出すね」

「そうだな……。立場が逆転してしまったようだ」

「うん。今度は私が湊斗くんを笑わせる番だよ」


 姫奈は少し笑って、その後真剣そうに自分を見つめてくる。


「み、湊斗くんの誕生日は……」

「……分からないだろう」

「待って。今真剣に考えてるから」

「はいはい」


 他愛のない会話を続けながらも、早く彼女と結ばれたいという思いが高鳴っていて、少し焦りが出てきていた。


 彼女を待たせているのだから。


 その後、事件から2週間ほどで退院となった。

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