68.5
……
死後の世界。
そんな世界、存在しないと思っている。
だって、人間は死んだら無になるはずだ。意識も肉体もどこかに行って、すべてなくなってしまうと……
天国や地獄というのは無になることを恐れた人間が作った世界だ。
前世や後世もそう。
だから生きているうちに、生きている時だけしか出来ないことがある。
姫奈の事だって。
それなのに……
(…………ッ!?)
眩しい光で目を覚まし、起き上がる。
(どこだ……?ここは……?)
太陽が照っていて、空一面に雲一つない青空が広がっており、辺りには草原が広がっている。
(……)
何が何だか分からない。
隊服のままだが、赤く染まっていないし腹も痛くない。
(俺は刺されて……)
死後の世界だろうか……
いや、そんなはずがあるわけない。
でも今、意識があるということはまだ生きているということなのか……?
(……何なんだ?)
立ち上がってみると、一面に見える範囲に草原が広がっており、小高い山がいくつもある。
たがそれ以外には何一つない。
(何もない、誰もいないじゃないか……)
例えまだ生きていたとしても、この世界で生きているなら意味がない。
姫奈が、姫奈がいないと……
試しに所々、体をつねってちゃんと自分がこの世界で生きているか確認してみるが、何度触っても痛みは感じるし、何をやっても何も起こらない。
ちゃんと生きているみたいで、夢の中でもなさそうだ……
「どうすればいいんだよ……」
絶望して、何も考えられずにその場に座り込む。
心地よい風が体に当たってくるが、その風が一層不安を煽ってくる。
数十分ぐらいだろうか。
本当は死後の世界があるのではないかと考え始めたときに、背後から笑い声がしてくる。
「もう、お父さんってば……」
「いいじゃないか。僕は母さんに今でもメロメロなんだからさ」
聞き覚えのある声。
その声を聞いて、脳内で雷が落ちたかのような衝撃を受け、瞬時に立ち上がって後ろを向く。
「?」
目の前の光景を見て混乱する。
(え、嘘だろ……)
そこにいたのはお互いに腕を組みながら笑顔で歩いている男女。
男性の方は背が高くて、無邪気に笑いながら片方の女性を笑わせている。
女性の方は恥ずかしげに手を繫ぎながらも男性が言う言葉に笑顔で答えながら楽しそうに歩いている。
もうその姿を見た瞬間、嬉しさと寂しさで胸がいっぱいになる。
「お父さんとお母さん……?」
「おう!湊斗じゃないか!」
「あら!みっちゃんじゃない!久しぶりね!」
そう、そこにいたのは6年前、震災で津波に飲み込まれて死んでしまった両親だった。
(何でこんなところに……!)
それから嬉しくて嬉しくて両親の元へ走っていく。
「本当に久しぶりだな。大きくなったじゃないか」
「そうね。お父さんに似たのかしら、前よりもカッコよくもなっているわ」
両親の目の前につくと、6年前と何も変わらない両親は自分を見て目尻を下げながら嬉しそうに喜んでくれる。
「久しぶり!こんな所で何しているんだ?」
「母さんとデートだよ。いつまでも僕らはラブラブだからなぁ」
「ちょっとやめてよ。みっちゃんの前で恥ずかしい……」
「あはは」
父がそう言うと、母は照れくさそうに父の肩を叩く。
昔から両親は仲が良かった。だから、家にいる時もいつも彼らはイチャついていて、父に関してはいつも母に愛の言葉を言っていた。
そんな両親は自分にとって羨ましい存在だった。
何十年たっても仲が良いのは素敵だ。
自分は目の前にいるだけでは足りなくなって、両親に抱きつく。
抱きついてみると、ちゃんと温もりがあって本当に生きているようだ。
「あらあら、どうしちゃったのかしら」
「あはは。恋しくなっちゃったか」
両親は自分の頭を撫ででくれる。
いつまでもその温もりに浸っていたくて、心の底から何かが込み上げてきて泣いてしまいそうになる。
「あらあら、そんな苦しそうな顔して……」
「大丈夫か?私達のせいで申し訳ないな……」
あの震災の日、両親が亡くなったことを知ってから沢山泣いたのを思い出す。
それから、数日間は何も考えれなかった。何も話せなかった。
廃人にでもなった気分だった。
相当ショックが大きかったのだろう。
あの日を最後に泣けなくなっていた。
今でも涙が出ない。
泣きたくても泣けなくて、吐きだしたい辛い気持ちがが吐きだせなくて、自分の中に留まっていていつも苦しい。
だから、今も苦しい顔をしたまま涙が出ないのだ。
両親は自分を見て、心配そうに見守る。
「そういえば、みっちゃんとても頑張ってるのね~。いつもお父さんと見ているのよ」
「あぁ、そうだね。寄りにもよって高校生で治安維持隊に入るとは、父さん、湊斗を誇りに思うよ」
「あぁ……ありがとう」
「それに、べっぴんな女の子と一緒に暮らしているみたいだな」
「そうだな。かわいいだろ?」
「あぁ。まるでうちの母さんみたいにな」
あははっとまた父は笑う。
母はもういい意味で父が褒めてくるのをやめてほしそうだ。
「あのテーブル、まだ使ってくれているようね」
「あぁ、そうえばそうだったね母さん。父さんはあのテーブルを今でも湊斗が使ってくれていて嬉しいよ」
「あのテーブルから、天国にいる私たちまでみっちゃんともう1人の女の子が楽しく話しながら過ごしているのが伝わってきて、いっつもお父さんと笑顔になりながら話をしているのよ」
「そうだったのか……」
あのテーブル……
テーブルとは、今自分が家で使っているテーブルの事だ。
椅子が4脚あり、1人暮らしをしていた自分にはもったいないものだが、あのテーブルは以前、家族で一緒に使っていたものを持ってきたものだ。
震災で家の中がぐちゃぐちゃになり、そのテーブルも多少傷がついてしまっていたが使えないわけではなかった。
だから、家族との思い出が詰まったテーブルを1人暮らしをする時に使って、少しでも家族で食事をとっている気分になりたいと引っ越し屋に今住んでいる所まで持ってきてもらったのだ。
家族で居た時が大好きで、そのテーブルを使っていつもご飯を食べていると家族で笑い合ってご飯を食べていた時の記憶が蘇ってくる。
父と母が亡くなった今でも、1日たりとも彼らといた時のことを忘れたくなかった。
今でも、彼らの愛に愛染しているからだろう。
それからどれくらい経ったか分からないぐらいに父と母と色んな話をした。
過去のこと、今のこと、姫奈のこと、いっぱい、いっぱい話した。
時間が過ぎていくのを感じながらも、今いる世界は何一つ変わらず、ずーっと太陽が照っている。
「そうえばここはどこなの?」
「そうだな……私達にもよく分からないが、湊斗は来てはいけないところだと思うよ」
「え、」
その言葉に驚きを隠せずに目が見開いてしまうが、それを父は笑って自分の肩を掴む。
「湊斗。父さんと母さんは死んだんだぞ。まだこっちには来てはいけない。お前にはまだやるべきことがあるだろう」
父さんは自分の目をしっかり見て言う。
「あの女の子のためにも、まだ助けを求めている子どもたちの為にもお前は頑張らなくちゃいけない」
「うん」
「だから、行きなさい。また、全てが終わってこっち側の世界に来るときがきたら、また3人で過ごそう。その時になるまで、父さんと母さんは仲良しで、湊斗の両親でいることを誓うから」
「分かった……」
その言葉を聞いたとき、もうこの世界に終わりが近づいて来たのが分かった。
ピカーン……
急に世界が夕方になって黄金色に光だし、近くに眩い光を放つ扉が出現する。
「あそこの扉を開けなさい。そうすれば、元に戻るはずだ」
「分かった。ありがとう、お父さん。まだ離れたくないな……」
「俺もだよ」
そう言って、2人にもう一度抱きついてから扉の元へ向かう。
「あの子、今、おじいちゃんとおばあちゃんの苗字なのね」
「そうだな。でも天久家は西園寺になった湊斗の中でも受け継がれていくよ」
自分が来ている隊服の背中に書かれた苗字を見たのか、父と母が反応する。
今の苗字は祖父と祖母の苗字であり、母の旧姓だった。
震災で両親がなくなって、祖父母に引き取られることとなり前の苗字の天久から西園寺に変わっていた。
6年前までは天久湊斗だった。
扉の前について、もう一度両親の方を向く。
「それじゃ、また会おう」
「あぁ、その時を楽しみにしてるぞ」
「みっちゃん。元気でね!」
涙の出ない苦しみが続いているが、最後ぐらいは笑顔になって両親に手をふる。
「バイバイ」
両親も笑って手を振り返してくれる。
最後まで両親の顔を見ながら、扉に手を掛けて中に入ると辺りが真っ暗となる。
次の瞬間、顔に水のようなものが落ちてくる感触に襲われて目が覚めた。
ここで皆様にお詫びがございます。
活動報告には5月中にすべて投稿すると書いたのですが、あと2日かかります。
ごめんなさい。あと2日よろしくお願いします。