68 未来がどうかなんて
(一人称)
放課後、姫奈と会い、学校の中を歩いていると周りの視線と声が気になってしまいがちになるが、そんなことは考えずに姫奈のことだけを考える。
そのまま学校を出て、ある程度離れた所でさりげなく姫奈の手を握る。
「湊斗くん……?」
「……姫奈と手を繋ぎたいって思ったんだ。ま、ほら、歩幅を合わせるためにも……」
「……最初の言葉だけでいいよ」
姫奈は少し口を尖らせたが、それでも恥ずかしそうにして自分の手を握り返してくれる。
まるでもう手を離さないよ……といった握り具合に。
「……放課後に姫奈と制服で手を繋ぐなんて凄くドキドキするよ」
「そうだね……」
姫奈は緊張でうまく笑えないのか、苦笑いのように笑う。
その顔もかわいくて、最近では彼女の見えてなかった部分も見えてくるようになってきてかわいいと思う部分が多々ある。
「帰る場所が一緒なのが不思議だね」
「そうだな。何だか変な感じだ」
お互いに緊張していてあまり話す話題が湧いてこなくて、途切れ途切れに少しずつ話しながらも、一緒に家を目指した。
☆☆☆☆☆☆
緊急通報が自分の元へ入ったのはその晩のことだった。
「西園寺くん、上を調べてきてくれ」
「了解しました」
事件が起きたのは町の一角にある2階建ての一軒家で、子供の大きな悲鳴が聞こえたと通報が入った。
外の通報が入ったときに現場に駆けつける事は高校生というのもあれど、しっかりと訓練されていることもあって度々出動することがある。
だから今回もいつも通りで、それでも気を抜いてはいけない現場だ。
今日は隊長も小林先輩も藍住隊員も他の任務に当たっており、他の隊員と同行している。
今回の現場の指揮官に言われたとおりに自分は銃を構えて1人の男性隊員と一緒に2階に向かっていく。
中に突入した感じ、玄関は至って荒らされている形跡はなかったものの、血の匂いが早速立ち込めていて1階か2階には何かしら起きているはずだ。
2階に上がると、階段を挟んで左側に2部屋、右側に1部屋あり、いずれも扉は閉まっている。
「俺は左側の部屋を見るから、湊斗は右側を見てきてくれ」
「了解しました」
そう言われたとおり、手分けして自分は右側の部屋に向かっていく。
(匂いがヤバいな……)
明らかな血の匂いが増々強くなってきて、少し動揺するも身を引き締めるのはやめずにそのまま進んでいく。
その部屋の目の前について扉をノックしてみると返事はなく、そのままそっと扉を開けると目の前には驚きの光景が広がっていた。
「……!?」
部屋は子供部屋のようで、薄暗くて電気が点いていない。
中には白いベットにタンス、その上にはおもちゃやぬいぐるみがが並べられていて……
その玩具たちは赤く染まっている。
部屋の真正面に血が横に大きく飛び散っていたのだ。
まるで、水の入ったバケツを壁一面にぶちまけたような感じだ。
荒らされてはいないので、どうやら何者かがここにいた誰かを問答無用ですぐに切ったみたいで、この血の飛び方、大きな血管を斬られたと思える。
それともう一つ、不可解なことがある。
(遺体はどこにあるんだ……?)
そう、部屋にはどこにも遺体がない。
人間ではない可能性もあるが、それでもその他の動物の死がいすら一つも見つからない。
まだ生きていてどこかに行ったのではと考えようとしても、血の量を見るにまだ生きているとは考えにくい。
それなら誰かが死体を持っていたというのか……?
目の前にある玩具たち、この家に住む子供が誰かにプレゼントされたり、それともねだって買ってもらって喜んで遊んだものなのだろう。
今は血に染まっていて言葉が出ない。
一体誰の血なのだ。
(すぐに他の隊員に伝えよう)
そう思って、声を出そうとした。
ーーその時だった
ドカン!
横から大きな音がする。
それに気づき、振り向いてそのまま何も出来ずに
グシャッ
腹の上辺りに衝撃が加わる。
「カッ!?」
次に強い痛みが走り、そのまま一瞬何も分からずにその場で立ち尽くす。
視界の中には見知らぬ男がいて、それから下を見るとナイフがあり先端が自分の体に埋まっている。
経験したことのない痛みが襲ってきていて、どうやら隊服を貫通したみたいだ。
それから男はすぐにナイフを引き抜いて、また刺そうとしてくる。
(殺られてたまるかッ)
すぐさま男のナイフを持っている腕を掴み、それから背負い投げをして男を床に叩きつける。それから自分の本能が「こいつは動けなくした方がいい」と命令をだし、そのまま本能のままに男の首の急所を狙って思いっきり蹴り上げる。
バッコンッッッン バカン
大きな音がする。
男は蹴られた衝撃で跳ね上がり、壁に打ち付けられたあとそのまま動けずに倒れ込んだ。
「湊斗!?どうしたんだ!」
音が聞こえたのか他の部屋の捜索をしていた隊員の声が聞こえてくる。
ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……
(一体どこにいたんだよッ……)
息が急激に荒くなってくる。
男が来た方にはクローゼットがあり、どうやらそこに隠れていたらしい。
(もっとちゃんと捜索していれば)
今頃になって後悔していては遅い。
下腹部を見ると、血が溢れ出てきていてすぐに右手でそこを押さえる。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い)
感じたことのない痛み。
刺された瞬間とは違って、段々と痛みは増してくる。
今なら刺されて空いた穴から体の中を触れそうだ。
(せっかく維持隊員として正式に認められたのにまだまだ足りない部分があるじゃないか)
とりあえず、先程声が聞こえた隊員に返事をしようと息を吸って腹に空気を入れようとする。
っとその時、
ブハッ
口から赤い鮮血が飛び出す。
(く、くるしい……)
慌てて口を抑えるも、血が止まらない。
吐いた血が掌や床に血が飛び散り、身に着けていた隊服が広範囲に赤く染まる。
どうやら本当に内臓まで貫通していたようだ。
(何で……チョッキを着けていたはずなのに……)
意識が朦朧としてきて、視界が段々と歪んでくる。
(やばい……もうダメかもしれない……)
その場で血が止まらないまま、倒れこんでしまう。
もう限界が近づいて来ていた。
「湊斗!」
背後から声が聞こえてくる。隊員がここまで来たらしい。
「おい!湊斗返事をしろ!」
隊員に体を少し揺らされて、返事をうなされるが声を出そうとしても出ない。ただ、口から血が流れてくる。
「クッソ!こいつか湊斗を刺したのは!とりあえず救急車を!」
隊員は腰にある携帯を取り出して、救急車を呼ぶとともに大声で仲間に声を掛ける。
その横で自分が吐いて出来た血の海に浸りながら、かすんだ子供部屋を見ている。
(姫奈……)
さっきまで嬉しそうに隣を歩いていた姫奈が脳裏に浮かんでくる。
姫奈には勝手に死なないって言ったのに、どうしてこんな状況に……
(ダメだ……死ぬことを考えてしまっている……)
腹の辺りが痛くて溜まらない。苦しい。
(痛い、痛いよ……)
姫奈がくれた猫のブレスレットを残った力で腕から外して手に取る。
もう猫のブレスレットも自分の血で赤く染まっていた。
(あぁ……姫奈……嫌だよ……)
赤く染まったブレスレットを見ながら苦しむ。
(ちくしょう……)
これから、姫奈と一緒に沢山思い出を作っていこうという時なのに自分の思いすら伝えられないとしたら……
どんどんどんどん、辺りが暗くなってくる。
誰かが叫んでいるが、何を言っているのか分からない。
(姫奈……)
「おい!西園寺!やばいな……目の色が薄くなってきているぞ!」
…………
今日ももう1話投稿します。