67 姫奈の視線の先には……
「とことんカッコよくして行こうね、湊斗くん」
「あぁ……」
今日から通常通りで学校に行くため、普段は寝癖を直す程度にしか手入れしていなかった髪も変えていこうと姫奈は朝からやけに張り切っていて、今彼女に髪の手入れをしてもらっている。
初めて彼女に自分の頭を触られて、好きな女の子に触られている事もあり、内心ドキドキが止まらない状態で姫奈にされるがままにされる。
鏡と向かい合わせになっていて姫奈の顔が鏡越しに見えているが、彼女の顔はやけに真剣で、それとちょっぴり嬉しそうだ。
(何だか、奥さんに手伝ってもらっている……みたいだ)
「よし、出来たよ」
「あ、ありがとう」
湧き上がってくる恥ずかしい妄想を抑えながら待っていると髪型が完成する。
学校でワックスは付けてはいけない為、前に姫奈と一緒に出掛けた時よりかは劣ってしまう部分は通常ならあると思うが、それを感じさせないほどに素敵な髪型に仕上げてくれた。
前髪が左右に分けられていて、ドライヤを掛けてくれたおかげか、髪がいつもよりサラサラだ。
「やっぱり、湊斗くんは前髪を分けた方が顔全体が明るくなっていいよ」
「そっか」
そう言って姫奈はニッコリと笑った。
好きな人と付き合ってもいないのに一緒に暮らしている今、女子に髪型を整えてもらうなんて滅多にないことだが、こうやって毎日、姫奈と関われるのは嬉しい事で早く自分のものにしたいと思いながらも、この今の関係にもまだ浸っていたい気持ちがある。
付き合うのにはまだ準備が必要そうだ。ホワイトデーまでには気持ちをちゃんと整えるつもりだ。
今日から姫奈と一緒に学校に登校といきたいところだが、まだクラスの奴らも素顔の自分の姿を知らない状況で一緒に登校したら、女神様と一緒にいる男は誰だっとなって大騒ぎになるだろうから、まだ一緒には行きにくい状況だ。
ただ、最近となっては姫奈は朝は友達と登校するようになっていて、今日も友達と一緒に登校するようなので安心できる。
だから、今日も1人で登校する。
「それじゃ、先、学校に行ってるね」
「あぁ、いってっらしゃい」
「いってきます」
玄関でいつものように姫奈を見送ってから、自分も学校に行く準備をして家を出る。
外はもう春の陽気が少しづつ近づいてきており、まだ寒さはあるが、それでも暖かさが戻ってきている。
いつもの道をいつものように歩いていき、そのまま道を進んで行くと、目の前でおばあさんが倒れているのを発見する。
「だ、大丈夫ですか!」
「……」
返事がない。ただ意識はあるみたいで、どうやら急に体調が悪くなったみたいだ。
すぐに救急車を呼んで、とりあえずおばあさんを安全なところまで運んで応急手当をする。
(これは長くなりそうだな……)
☆☆☆☆☆☆
一方、学校では……(三人称視点)
「今から、伝えたい思いを叫べ!皆で主張大会を始めます!」
「うぇ~い!」
既に1限目が始まっており学年集会の時間で、もうすぐ1年が終わることもありクラスの室長が思い出作りのために考えたイベントが行われていた。
校舎の屋上から普段伝えにくい気持ちを皆の前で特定の人に、あるいは皆に叫ぶというもので、校舎の前には1年生の生徒たちがクラス別に集まっており、司会の声を聴いては一同が声を上げている。
その中の1人、姫奈は友達に囲まれていながらも湊斗のことを周囲を見渡しながら探しているが、見つけられない。
(湊斗くんがいない……)
どうしたんだろうと姫奈の不安は募るばかりだ。
「さぁて、最初に伝えたい思いを叫ぶ人は4組の鈴木くんです!」
「俺は3組の伊藤さんに伝えたいことがあるー」
伝えたい思いを叫ぶ人が次々と叫んでいく中で、学年全体は熱狂の渦が出来ており、このイベントの絶頂期に突入していた。
「えぇ、次は2組の一橋くんです!」
そして、このイベントが終盤に差し掛かった時、1人の男が屋上に上がる。
「僕は2組の朝霧さんに伝えたいことがあるー」
「きゃぁぁぁぁ!」
その男は、前に湊斗が姫奈のクラスの前を通った時に姫奈に勉強を教えてもらっていた男で、優しくてイケメンであり学年の中で男女問わず人気のある男子生徒だった。
その一橋が言葉を放った瞬間に、周りの女子たちが興奮の声を上げ、呼ばれた姫奈は皆から注目される。
「僕は朝霧さんと同じクラスになり関わるようになって、朝霧さんの色々なところを見るようになってから、いつの間にか朝霧さんのことをもっと知りたくなっていた」
一橋がしゃべる度に、周りの歓声が高くなっていく。
ーーそして
「僕は朝霧さんのことが好きだ。だから付き合ってください!!!」
一橋は最後に大声で姫奈への好意を叫んだ後に頭を下げて、姫奈からの返事を待つ姿勢になった。
周りはもうお祭り騒ぎで、学年で人気の好青年が学校の女神様に告白したことで結果がどうなるのか、その場にいる一同が姫奈に注目する。
対する姫奈は告白されたものの、屋上にいる一橋のことをじーっと眺めていた。
彼女にはもう告白されても何も感じるものはなかった。あの人以外は。
彼女の中では彼以外、頭になかったのだ。
「ごめんなさい。私、他に好きな人がいますので……」
そう姫奈は周りの視線に耐えながらも伝え、その場でお辞儀をした。
一橋からの告白ならOKをするだろうと思っていた周りは少し固まった後、驚きの声を上げて、全員が目を見開いた。
「えぇ!!!一橋君なのに???」
「姫奈さん、他に好きな人がいるの!?」
対する一橋は、顔を上げて悲しそうな顔をしながらも姫奈の返事を受け取る。
「そうですか……分かりました」
その時だった……
1人の男が、一同が集まっている所へ現れる。
(あ……)
姫奈はその男を見つけた瞬間、少し顔を赤くしてじーっと見つめて、その反応に気づいた周囲の人たちがその男の方を向いて一瞬、表情が固まる。
今日の為に姫奈にセットされた髪型、何も身に付けていない顔、一般的な男子高校生より少し背の高い身長……
ーーそう、湊斗が来たのだ。
それから、周囲がザワザワとし始める。
「え、あれ、誰」
「え、うちの学年にあんな子いたっけ」
「でも、ちゃんとうちの制服着てるよ」
「え、あの人、昨日うちのクラスをのぞいていた治安維持隊の人じゃない?」
その反応の中、湊斗は緊張をしながらも自分のクラスの方へ向かう。
すると、ある女子たちのグループが何やら大きな声で叫んだ。
「あ、あの子、この前姫奈さんと一緒に歩いてた子だ!」
「あ、そうだそうだ!ショッピングモールにいた子だよね。それも手を繋ぎながら!」
「手を繋ぎながら……!?」
その言葉を聞いて、周りが疑うように目を広げて驚く。
「手を繋ぎながらって、もしかして、あいつが姫奈さんが好きな人なのか?」
「おい!一体誰なんだよ!」
それを聞いて興奮した男子達が一斉に湊斗の周りを囲む。
対する湊斗は予想していたよりも想像以上の反応に困惑するばかりで、何が起こっているのか分からないままだ。
「えぇ……あぁ……」
「お前、誰だよ」
「み、湊斗だが……」
湊斗は周りの男子達に聞かれた通りに答える。
「は?湊斗?あの陰キャの?」
「そんなわけねーだろ。嘘つくなよ」
「湊斗がこんなにかっこいいわけないだろ」
周りの男子達は湊斗の言葉を聞こうとしない。
どんどん深刻な状況になっていくばかりで周りは混乱していく。
すると、屋上にいた一橋が声を上げて姫奈に聞く。
「あの人は本当に湊斗と言う人何ですか?」
「はい。そうですよ」
姫奈が本当のことを言うと、先ほどまで湊斗の言葉を信じていなかった周りが何か衝撃を受けたように固まり、そしてもう一度姫奈に聞いた。
「本当なんですか?」
「はい。湊斗くんです」
次の瞬間、校庭は驚きの渦に巻き込まれ、数分間、その場で声がやむことはなかった。
本日はもう一話投稿します。