66 長かった一年
「西園寺、大事な話がある。ついて来てくれ」
隊長にそう言われたのは、姫奈の誕生日の次の日のことだった。
(何だろう……)
言われた通り、隊長についていくと維持署の中にある署長室につく。
「失礼します」
中に入ると、部屋の奥には署長が座っており、その目の前には維持隊の制服姿の伊織と一番隊の隊長が既に立っていた。
窓からは温かい光が差し込んでいて、3人を照らしている。
署長も一番隊の隊長も、治安維持隊で長い間努めている大ベテランで、生やしている髭に貫禄があって男らしい。
署長室には、壁に歴代の治安維持署長の写真が横一列に並べられていたり、沢山の盾や賞状が飾られており、真ん中に大きな机と重厚感のある椅子が並べられていて、木目調の壁で他の部屋とは違い、異彩を放っている。
(ついに、この時が来たのか……)
その光景を見て、今から何を言われるのか想像がついて少し肩の荷が下りたような感覚に陥る。
この1年間、学校で肩身の狭い生活を送ってきたのだから、尚更感じるものがある。
それから、伊織と一番隊隊長が立っている横に隊長と一緒に並んで伊織と自分が隊長たちの真ん中に挟まれるように署長の前に立つと、署長が立ち上がって敬礼をした。
自分たちもその敬礼にならって一同が敬礼をする。
サッ
数秒間、敬礼をしたのち元の姿に戻ると、署長が口元を緩めて口を開いた。
「君たちは本当によく頑張ってくれた。今日をもって、治安維持隊の試用期間は終了とする」
その言葉を聞いた瞬間、想像していたことが現実となったことがはっきりと分かって、本格的に肩の荷が下りたようで、自然と自分たちも口元が緩んで笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
伊織と自分は被っていた官帽を外し、これまで自分たちが積み重ねてきたものが実った嬉しさをかみしめながら、深くお辞儀をする。
(やったぞ……)
姫奈と暮らし始めてからは少し楽になったが、それ以前はろくに遊べる時間がなかったり、宿題は学校でしていたりと多忙な日々が続いてたんだ。
その努力が実ったと思うと、なお嬉しい。
それから、また元の姿勢に戻って官帽を被り、署長の目を見て話の続きを聞く。
「この1年間、中々不自由な生活を送ってきただろう。その気持ちは私が同情しても完璧には分かって上げられないが、その環境下でも君たちは任務を完璧に遂行して、高校生とは思えない働きを見せてくれた。君たちを選んで、本当に良かったと思えている」
署長は次々に言葉を放っていく。
署長の言葉を聞いていく事に自分の胸が張り裂けそうなくらい嬉しい気持ちが増してくる。
隣にいる隊長も、顔が見えないにしろ誇らしい顔をしているのが伝わって来て嬉しい。
「君たちの活躍を見て、今後、治安維持隊では高校生の隊員募集も行うことを検討している。早ければ来年の春からにでも募集が始まるだろう。だからもう、治安維持隊員ということを今日から隠す必要はない。外部でも本当の苗字を名乗りなさい。今まで正体を隠してきた分、君たちが凄いという事を明日から皆に見せつけてやりなさい」
署長は誇らしげな顔をして言う。
そうだ。別に自分が決め道だからと学校にいる間は何も思っていなかったが、今思えば陰キャと言われて普通とは言えないような扱いを周りから受けて来たんだ。
だからもう、その雰囲気に押しつぶされることもなくなるんだ。
それから、一旦署長の話が終わって何やら机の引き出しから紫色の長い箱を取り出す。
その箱をの蓋を開けると、金色に光った掌サイズのバッチが出てきた。
「これは試用期間終了記念のバッジだ。各隊長たちから君たちの胸につけてもらおう」
そう言って署長は隊長たちにそのバッジを手渡す。
「おめでとう」
そうして伊織と自分は隊長たちから、胸にバッジを付けてもらった。
「似合ってるぞ。西園寺」
目の前で隊長が微笑んで自分の姿を見ている。
「ありがとうございます」
それから、隊長たちは元の場所に戻り、署長はまた敬礼をして最後の言葉を放った。
「大儀であった。西園寺、杠葉両名に敬意を表して感謝する」
そしてまた、自分たちも署長に続いて敬礼をする。
隊長も隣にいて、本当に誇らしい気持ちでいっぱいだ。
一通りの署長からの報告が終わった後、切り詰めた空気と緊張が解け、署長がまたあるものを取り出して手渡してくる。
「これは高校生初の治安維持隊員を記念して、本部から送られてきたものだ」
それは、真っ白な生地に治安維持隊のエンブレムが真ん中に刻まれた官帽と白い制服だった。
「これからも治安維持隊員としての誇りを持って任務に当たってほしい」
そう署長は最後に言った後、一通りのことは終わって自分と隊長は署長室を後にした。
それから、廊下を歩いている時に隣を歩いている隊長が突然自分の肩を掴んでくる。
「西園寺、よくやった。私は君の手紙を受け取り、君を部下に持てたことを誇りに思う」
「あ、ありがとうございます」
そのいかにも男らしい声で、放たれた言葉は自分の心に突き刺さってくる。
(隊長にこんなことを言われるなんて思ってなかった……)
急なことで心臓がどくどくしながらも嬉しさでいっぱいだ。
それから隊長は嬉しそうな笑みを浮かべ、そのまま四番隊のところまで一緒に戻った。
戻った後、隊員一同から歓声と拍手が送られて、幸せの絶頂だった。
☆☆☆☆☆☆
月曜日、学校でも一通り校長室で校長先生と学年主任の先生にも試用期間が終わった事を伝え終わった。
苗字は来年度の2年生から変更となるが、明日からは変装をせずに通常通りに来てもいいことになった。
「湊斗くんと伊織くん。一回その姿で教室に行ってみてはどうだい?」
「え……?」
隣に座る藍住隊員から、突然提案を受ける。
今は大事な話という事もあり、伊織と共に治安維持隊の制服で話し合いに参加しており、変装も何もしていない素顔の状態だ。
今は5限目で、クラスの授業は自習の時間となっている。
昨日貰った白い制服ではないが、それでも警察官のように官帽を被っていたりと学校の中では異質な存在になっていることは違いない。
「いいんじゃないですか。いずれは治安維持隊に入隊していたことが理由で変装をしていたと言わなければなりませんし、急にクラスの子たちにそう言っても信じてもらえないでしょう。少しでも治安維持隊の制服の姿を見せておけば、後々説明しやすいんじゃないでしょうか」
「確かに……そうですね」
目の前に座っている校長先生も、藍住隊員の提案に乗る。
確かに校長先生の言葉を聞けば、後々信じて貰えやすいだろう。この姿なら湊斗だとはすぐには分からないだろうし、この姿で顔を覚えてもらえればいいかもしれない。
「それじゃ、少し行ってきます」
その提案を伊織と一緒に飲み込んで、そのまま自分の教室まで戻ることにした。
☆☆☆☆☆☆
教室の少し手前で、一旦伊織と一緒に立ち止まる。
「どう行こうか」
「ん?まぁ、ドアから数秒チラ見するぐらいでいいんじゃね?」
「OK」
そうして、伊織と一緒に教室の前側にあるドアからクラスの中を覗き込む。
(やっべぇ、めっちゃ緊張する……)
自分たちに気づいたのか、クラスの一部の奴らが顔を上げてこちらの方をむき出し、それから次々と自分たちの方を向きだす。
こんなに注目されることは滅多にないことで、今すぐこの場から逃げ出したい感覚に襲われる。
隣にいる伊織も顔が赤くなってきており、彼にもこの状況は緊張しているらしい。
「誰、あの人たち」
「治安維持隊の人?何でいるんだ?」
「俺たち何かしたっけ?」
静かだった教室が、少しザワザワしてくる。
「もういいだろう」
隣にいる伊織に小声でそう伝えると、伊織は少し頷いて、それから二人でその場を離れた。
☆☆☆☆☆☆
「緊張したな……」
伊織と一緒にまた校長室に戻る道中、自分は一仕事終えたような感覚に襲われていて、少し疲れ気味だ。
伊織に話しかけると、彼は頭の後ろで手を組みながら、少しも緊張してなかったような顔で答える。
「あ?そうだったか?俺は、今めっちゃ優越感でいっぱいだわ。治安維持隊の制服でクラスの奴らの前に現れるとか、何かかっけぇし、突如現れたヒーローみたいな気分だわ」
「はぁ……お前めっちゃ緊張してただろ。確かに滅多にないことだが……」
伊織はその後も、どこか清々しい顔で過ごしていた。