05 先輩の一言
(朝霧さんって退院したらどうなるんだ……?)
家で皿洗いをしている時にふと思った。今は病院で入院しているが、病院を出てからの生活はどうするのだろうか。
普通の子供たちなら、児童相談所を通して両親のもとに帰るか里親に引き取られるかといったところで、ある程度の行き先は決まっているのだが今回の朝霧さんの場合は違う。
朝霧さんはすでに父親が他界、母親とは音信不通なので両親のもとへ戻ることができない。もちろん母親を探し出せばの話だが、そもそも最近は一緒に住んでいなかったらしいので何かしら事情があるはずだ。
朝霧さんが母親のもとに戻ると言うのも考えにくい。
それじゃ、児童相談所で引き取られてどうするのか。
高校生なのである程度のことは一人でできるようになっているし、一人暮らしができる年齢だが、それは彼女の精神状態では難しいと思う。
あくまで、四番隊は個々にあった最高の道を提供するのみなので朝霧さんの意思によるが……
(んー)
なんでこんなに気になるんだろうか。自分の顔がやたら真剣なのが肌越しに伝わってくる。
あれから何度も朝霧さんのお見舞いに行った。その度に彼女は自分の話を聞いてくれてとてもいい人だと思ってる。女神様と呼ばれる理由も分かった。
同じ高校の同級生というのもあるのだろう。
(隊長に聞いてみるか)
そうして治安維持隊が常駐している「治安維持署」に向かった。
☆☆☆☆☆☆
「隊長、朝霧さんってどうなるんですか?」
変に真面目な表情で聞いたので、隊長が「ん?」と言わんばかりに眉を上げて驚いている。
普段はそんなことは聞かないので驚くのも当然だろう。
「急にどうしたんだ?西園寺」
「いや、何となく自分の同級生がどうなるのかなと」
「あぁ、そうか」
隊長は疑いもせず、普通に話を聞いてくれた。
別にやましいことではないのだが、なんとなく自分にとっていつも以上にソワソワしてしまう(別に変な意味ではない)
何だか、同級生を詮索しているようでやけに変な気分だ。
「そうだな。彼女の意思を尊重しなければいけないが、朝霧さんの祖父母に今は頼もうと思っている」
「なるほど」
そうか、その手があったのか。
自分では思いつかなったのでなんだかモヤモヤがとれたような気がして、体の力が抜けていく感じがする。
祖父母だったら身内だし、ちゃんと朝霧さんのことも見てくれるだろう。彼女のこともよく知っているだろうし、自分としては安心だ。
だが、ホッとしているのも束の間、隊長の話にはまだ続きがあった。
隊長の視線が少しだけ下を向いた後、再度自分に視線を向ける。
「だがな西園寺、ちゃんと朝霧さんの祖父母とは連絡が取れていない。母方の祖父母には連絡はとれないし、父方の祖父母に連絡しようとしてはいるのだが、なんだか引っかかってな」
「え、それはなんでしょうか?」
「こういう話はあんまりなのだが、なんとなく祖父母とは関係が悪い気がするんだ」
「え、」
隊長の急な発言に目が開く。
(どういうことだ?祖父母とは関係が悪い?普通祖父母というのは孫の事をかわいがるようなものじゃないのか?)
ぱっと聞いただけではよく分からない。
でも、次の隊長の発言で言っている意味がなんとなく分かった。
「姫奈さんは父親に虐待され、母親とは最近一緒に暮らしていなかったから、母親から捨てられたような感じなのだろう。その中であんなボロボロな姿になるまで彼女は虐待されていたのに、祖父母が虐待されていることを知らないとは思えない。つまり、祖父母は姫奈さんが虐待されていることを知りながらも姫奈さんを助けなかったということになる。祖父母が知らなかったとしても姫奈さんにはいい目には映らないだろう」
「あぁ、確かに……そうですね」
確かに言われてみればそうだと感じる。朝霧さんは全身が傷だらけになるまで虐待されていたのだ。
そこまでの状態まで追い込まれて彼女は限界だっただろう。
体の傷は昔からあったはずだ。会っていたとしたら何かしら気づく事もあるはずだし、祖父母なんだから何かしらするだろう。
現に祖父母が見舞いに来てない時点で終わっている。
当然、彼女は祖父母にいい目が向かないだろう。
朝霧さんは地獄のような環境で過ごしながらも、学校ではいい振る舞いをしてたくさんの人に好かれている。
彼女の陰ながらの努力はとてつもなく凄い。そして強い人だと思う。
誠に勝手だが、彼女の祖父母に怒りに近いものを感じてしまった。
「祖父母が仮にダメだったらどうするんですか?」
「それはまだ考えていない」
隊長は困ったように声のトーンを落として話した。
他の方法は考えにくい所だろう。
と、近くで話を聞いていた小林隊員が何かひらめいたようにニヤニヤしながらこちらに向かってくる。
「はい!それなら湊斗くんが一緒に暮らしてお世話してあげればいいと思います!」
「へ?」
突然の奇想天外な発言にほうけた声が漏れてしまう。
小林隊員はまるで小学生が授業で発言するときのように手を挙げて、まるで正解だった時のように顔を輝かせて言って見せた。
(何を言っているんだ)
隊長と話をしている時に既にニヤニヤしながらこちらを見ていたので嫌な予感はしていたんだが……
大体お互いが思春期の男女だということを分かっているはずだ。別に自分的には異性にあまり興味はないので、別になにもしようとはしないし一緒に住む分にはいいんだが、思春期の男女が一緒に暮らしたら色々とまずいじゃないか。
回避しようにも回避できないことがあるだろうし、それで問題になったらどうしてくれるんだ。
それに相手は学校で女神様と呼ばれるほどかけ離れた存在だから、もし仮に一緒に暮らしていることがバレたりしたらただじゃ済まされない。
「いや、それはさすがにまずいでしょう」
「なにがまずいの?」
「いや、思春期の男女が二人ではさすがに」
「へ?もしかして湊斗くんって漫画とかアニメの世界のムフフな展開を想像してたの?」
「してませんよ」
「ならなによ~私は湊斗くんが真面目で何でもできるし、手は出さないというか出せないタイプだと思ってるから提案したんだけど?」
「おぉ、って最後らへんの言葉聞き捨てなりませんね!?」
一瞬相手にするんじゃなかったと思ったが、小林先輩なりにまともな意見があって少しだけ引き下がる。
手を出せないタイプというところは何だか不満だ。なんせ伊織もそんな風なことを言っていたのでそんなにヘタレに見えるのかと思う。
別に異性に興味がないだけで、手を出すというか、しゃべること自体あまりしないだけで、のちに好きな人が出来たりしたら、同意のうえで…、
(何考えてしまっているんだろ)
何だかやけになってしまった自分が急に恥ずかしくなる。
「まぁ、確かに選択肢の一つとしてはなくはないな」
「げっ、隊長まで!?」
「西園寺はちゃんとしてるし、なんちゅうかバカ真面目だからちゃんと朝霧さんを支えてあげられるような気がするぞ」
「へぇ……そうですか?」
「そうだよ。しかも、今君たちとても仲が良いじゃないか。少なくとも、精神的に不安定な朝霧さんにとっては西園寺と話すことを心の拠り所としているところはありそうだが」
「そうですか……?」
実はもう、朝霧さんのお見舞いに行き始めて二ケ月が経とうとしていた。
その期間で朝霧さんとはとても仲が良くなったし、相手も気軽に接してくれていることが分かっている。
でも、仲が良いからと言って一緒に住むというのは中々ハードルが高いことし、朝霧さんも考えないだろう。
その話を心の奥底にしまい込み、聞かなかったことにして自分の仕事に戻った。