58 ちーとでい?
「湊斗くん、どれも美味しそうだね……」
「だな」
皿とプレートを取ってから列の後ろに並び、その先で並んでいる料理達を二人で見ている。
店内の混雑もあり、少々列が出来ていた。
早速、目に飛び込んでくるのはシンプルなショートケーキやチョコレートケーキ、それ以外にも抹茶やチーズ、モンブランなど、多種多様なケーキが見える。
ケーキだけでなく、その先にはゼリーやロールケーキ、タルト、ワッフルなど甘いものが沢山並んでおり、まだ見えないもののご飯ものは後ろの方にあるみたいだ。
姫奈は自分にしか聞こえない程度に話しながら控えめに、それでも目を輝かせながら料理を見ている。目的の昼ご飯を通り越して、早くもデザートに手が伸びそうなそんな勢いだ。
「先に甘い物を食べるのか?」
「んーそうしようかなぁ。見てるとお昼ご飯のことどうでもよくなっちゃったよ。普段からちゃんと食べてるし、今日ぐらいはいいよね?」
「いいんじゃないか」
姫奈は笑えを交えながら、少し照れているかのように話す。
それから、自分もその姿を見て少し笑いながら「俺もそうしようかな」っと言って二人ともご飯の事はどうでもよくなっていった。
「もう、二人で全種類食べちゃうくらい頑張ろう。色んなもの食べたいしね」
「そうだな。俺たちなら余裕かも」
会話を挟んでいるうちに列が進んで、自分たちが取れる番まで回ってくる。
「うわぁ……。間近で見ると全部食べられるか不安になってきたよ~」
「確かに。とりあえず、手分けして二人で違った種類の物を運ぶか?」
「いいね。そうしよう」
自分の提案に微笑んで了承した姫奈は、早速、トングを手に取って準備万端だ。
「とりあえず、あそこのチーズケーキまで私が持っていくね。湊斗くんはその向こう側のケーキを取って行ってくれる?」
「分かった」
ざっと見てケーキは20種類ぐらいだろうか。どれも小さめにカットされていて、ケーキはぺろっと完食できそうだ。
姫奈はケーキが並べられているちょうど半分の所のチーズケーキより手前側のケーキをトングで掴み取っていく。
光で反射して、より一層輝いているケーキ達をニコニコしながら取って行く姫奈の姿は、それだけで微笑ましくて自然と自分も笑顔になっていく。
今、思うのは、いつもは姫奈に対して妹のような存在だと思っていたが、今はちゃんと異性として他人のような、強いて言うなら彼女が出来たようなそんな感情が湧き上がってくる。
自分の身なりが変わって自分に少し自信が付いたからそう思うのか、変わった自分で見る姫奈はいつもと違う感情を抱くようになっていた。
(何だかドキドキしてるぞ……俺……)
いつもと違った感情を感じながら、一緒に手分けして残りのスイーツも取って行った。
☆☆☆☆☆☆
机の上に並べられた料理達は姫奈の宣言通り、昼ご飯と言う概念を忘れた甘い物で埋め尽くされていた。
「凄いな……」
「だね……」
生まれて初めて見る、机に余る所がなく置かれたスイーツ達を見ながら、二人でその迫力に圧倒されている。
上のコースを選んだこともあり、より一層豪華なものとなっていて、張り切って取って行ったもののすべて食べられるか心配になってきた。
これでもまだ一部しか持ってこれていないという事実に驚くまでだ。
姫奈は携帯を取り出して、スイーツ達を写真に収め始める。
「ま、まぁ余裕だよな」
「う、うん。頑張ろう」
そう言って、二人で手を合わせてから、一緒に「いただきます」と言ってから食べることにする。
「まずはどれから食べる?」
「そうだな……まずは王道のショートケーキから行こうか」
「そうしよう」
そうして、姫奈の目の前のプレートに置かれたショートケーキを姫奈がフォークで半分に切ってから二人で分け、その片方をフォークで刺して二人で一斉に口の中に入れる。
はむっ
「うまっ」
ショートケーキを口に入れると、甘い生クリームと適度な酸っぱさを持ったいちごが口の中で広がり、程よい触感のスポンジケーキで口の中が幸せになっていき、頬っぺたが落ちるようなそんな感覚に襲われる。
「美味しい……」
目の前の姫奈も、口の中にケーキを入れた瞬間、顔全体の力が緩み、頬っぺたが落ちないように頬に手を添えながらケーキを頬張る。
(いい顔するな)
ケーキの美味しさも魅力的だが、やはり目の前で美味しそうにケーキを頬張る姫奈の顔は幸せそうでケーキよりも魅力的であり、見ているだけで自分も幸せになってきて、つい姫奈の方へ目がいってしまう。
「美味しいね。湊斗くん」
「あぁ。うまいな」
ケーキを頬張りながら、笑顔を見せて話した姫奈を見ながら自分も微笑んで彼女に返す。
その笑顔も素敵で、彼女の笑顔は世界一とか宇宙一とかそういうのではなく、自分の中で一番に素敵な笑顔だ。
それからショートケーキを食べ終わった姫奈は、早速、満足そうな顔をした。
「姫奈の食べている所を見ているとこっちまで幸せになってくるよ」
思った感想をさりげなく姫奈に伝えてみると、姫奈は恥じらいを持ったかのように顔を赤くする。
「そ、そうなの?何だか恥ずかしいよ……」
「なぁに、恥ずかしくなる必要はない。もっと俺に見せてくれよ」
「……しょうがないなぁ」
姫奈は顔を赤くしながら視線を下に落として、ギリギリ聞こえるような声で小さく囁いた。
「次はどれにする?」
「んーふんじゃ、湊斗くんの前にある抹茶ケーキ」
「分かった」
(抹茶ケーキにいくんだな)
自分の前に置かれている抹茶ケーキ。
自分的にはてっきり王道のケーキから食べていくと思っていたため、二番目に意外なチョイスがきたなっと感じながら抹茶のケーキを半分に切る。
「切れたぞ」
そう言って姫奈の方を向くと、姫奈は抹茶のケーキを見ながら固まっている。
「湊斗くんにあーんしてほしい……」
「……」
突然の姫奈の要求に少し体を震わせる。
「それって確実に恋人とやるやつだよな?ここでやったらまずいだろ……」
ここは家ではなく公共の場所。周りの席も埋まっており、知らない人たちがわいわいしながら食事を楽しんでいる。
ここで姫奈にあーんをしたら確実に誰かには見られるし、周りからニヤニヤされるだろう。
「……湊斗くんは私と恋人に見られてもいいって言ったじゃん。それに周りは気にしなくていいって」
「そうは言ったけど……」
「しかも俺だけを見てればいいって」
「……」
姫奈の言葉に返すことが出来なくって、黙り込んでしまう。
確かに言ったことは間違っていないが、ここでその事を言ってくる姫奈はずるいと思う。
このままあーんするのを否定するのはいけないと思えてきたので、思い切ってすることにする。
「姫奈、フォーク貸せ」
さすがに自分のフォークで食べさせるのは、クリスマスの事もあっていけないと思う為、手を出して姫奈のフォークを貰おうとすると姫奈は渡そうとしてこない。
「湊斗くんのでいいよ」
「……」
あっさり断られたようで、もうどうすればいいか分からないので、やけになってしまう。
「もうどうなっても知らん。姫奈、口を開けろ」
そう言って、自分のフォークで抹茶のケーキを刺して姫奈の口の中に入れてやる。
「あーん」
パクリっ
姫奈は小動物のように小さく口を開いてパクリっとケーキを食べて、顔を赤くしながら抹茶ケーキを頬張り始める。
「美味しい……」
「……」
先ほどとは少し違って恥じらいを持って食べているからなのか、少し控えめに食べていて、それでも美味しそうな顔をしている。
「クリームついてるぞ」
そう言って姫奈の口についたクリームをティッシュで拭いてやる。
周りの視線はやや気になるが、言った通りに気にしないことにして、そのまま自分も抹茶のケーキを食べることにした。
(姫奈ったら、恥ずかしい事を……)
ドクンドクンと鼓動が高鳴って心臓がうるさい。
そんなことをしながら二人で甘い物を食べていった。




