04 先輩と女神様
「湊斗くん、何持ってるの?」
「あぁ、これは桃ですよ」
「桃?」
今、自分の隣を歩いている小林先輩が不思議そうに手にぶら下げている袋を見ている。
小林先輩は若い女性隊員で、高校生の自分と気さくに接してくれている人だ。
その反面、とてもおっちょこちょいで少し面倒なところがある。
それで今日は小林先輩と一緒に朝霧さんのお見舞いに行くことになっていて、今一緒に病院に向かっているところだ。
「朝霧さんへ?」
「そうですよ」
「おぉ!湊斗くん気が利くじゃない!」
「でしょう」
「うん!見直したよ!」
(いや、見直したってなんだよ)
こういうところだ。
満面の笑みで言われたのでえぇっとなったが、聞かなかったことにしようと心にしまう。
いつもと同様、異常にテンションが高くてさりげなく失礼なことを言うので、ちゃんと考えてから言ってほしいものだ。
まぁ、テンションが高いのはそれでいて元気でいいのだと思うけど、ほどほどにしてほしい。
少し呆れたような表情をしていると、小林先輩は「冗談よ冗談冗談」と言って自分の背中をバシバシと叩く。
変に真に受けてしまったので、何だかバカらしくなってきて少しだけそっぽを向くことにした。
「湊斗くんってほんと素直よね。ほんと笑えてくるし、いじりがいがあって楽しいよ」
「なんですかその悪魔みたいな発言」
「うふふ。実はこれも冗談」
「くっ……やめてくださいよ、小林先輩のテンションで言われると本当に言っているように聞こえるだけですから。他の人では勘違いしません」
「え~そうなのぉ?」
「そうです」
「そうかぁ、ほらほらすねないの」
すねさせたのはあなただろ、と心の中で思っておきながら外面だけは普段の調子に戻っておく。
いじられるのは少々ならいいんだが、小林先輩のテンションでは少しくるものがある。でも一緒にいて嫌というわけではないので一緒にいる。
そうこうしている内に朝霧さんのいる病院までついた。
ガラガラガラ
「失礼します」
「失礼します」
小林先輩と一緒に朝霧さんの病室に入る。
「こんにちは」
「こんにちは、湊斗さん」
「おぉおおおお!朝霧さん!初めて会ったよ~こんにちはぁ!」
「え、何やってんすか!小林先輩!」
突然の行動に目を丸くしたのだが、何が起こったかというと小林先輩が朝霧さんを見るなり、いきなり抱き着いたのだ。 朝霧さんと小林先輩が会うのは初めてだったので、朝霧さんは少し困惑している。
初めて会う人に勢いよく抱きつける小林先輩はすごいと思うが、さすがに会ったこともない人に急に抱きつくのは失礼だし気が引ける。
個室で女の子二人が抱きついているのをいい年した男が見ているわけで、何だか変な感じがして嫌だ。
(まったく……)
「朝霧さんが困っていますよ」と言い、朝霧さんに引っ付いている小林先輩を引きはがす。
すると小林先輩は眉間にしわを寄せて少し不服そうにした。
「えぇ、なにすんだよ~湊斗くん~」
「いや、初対面の人にそういうことを急にするのは失礼でしょう」
「えぇ~海外では普通だし、朝霧さんがかわいいからだよ~」
「いや、ここは日本ですから。ともかく自己紹介ぐらいはしてくださいよ」
「はいはい~」
引きはがされた小林先輩は自分の腕をぽすぽすと叩き、少しだけすねたような表情をする。
本当に分かってんのかと思いながら小林先輩をうかがう。
朝霧さんは基本的にすぐに怒ったりするタイプではなさそうなので大丈夫だと思うが、彼女なりに思う部分もあるだろうと思う。
かわいいのは分かるんだが呆れてしまう。
「ごめんなさい。初めまして、四番隊の小林と申します」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。少しだけびっくりしただけですから。初めまして、朝霧姫奈と申します」
「姫奈さんっていうんですね。いや~いい名前ですね」
「ありがとうございます」
小林先輩は少し引き気味になったものの、また目をキラキラと輝かせて朝霧さんを見つめるので、少しだけ朝霧さんは気恥ずかしそうにしている。
朝霧さんは見た目もスタイルもいいので小林先輩の目に留まる気持ちは分かるのだがそんなに見なくてもと思う状況だ。
名前に関しては、自分もいい名前だなと思っていたので、小林先輩の言葉に共感する。何だか名前に姫と入っているのが朝霧さんに合っていてとても良い。
「小林先輩、そんなに朝霧さんのことを見つめないでください。朝霧さんが困ってますよ」
「なにぃ湊斗くん嫉妬かな~」
「先輩、違いますからやめてください」
「湊斗くんもそういうお年頃だから気になっちゃうよね」
完全にゾーンに入っているらしい。興奮している時は妙に頭が冴えているのか、突拍子もないことを発言し始める。
止めたくても止められないのがこの人のテンションだ。
と、その時朝霧さんが少し驚いたような表情でこちらを見つめている。
「そういうお年頃……?」
「そうよ、湊斗くんはこう見えてまだ高校生なんだから」
「へ!?そうなんですか?」
「そうなんだよ!」
あまりに驚いた表情で朝霧さんがこちらを見てくるので、少しだけドキリとしてしまう。
(何言ってるんだよ!小林先輩!明らかに問題発言過ぎるだろそれ!)
治安維持隊として正体を隠してきた自分に取って、明らかに今の言葉は致命的だった。小林先輩の事を思わず睨んでしまう。
(いや理性仕事してくれや!)
相手が朝霧さんで、まだ話が分かりそうな人で良かったものの治安維持隊の信用問題に関わる重大な発言だ。
今まであくまで二十代の男性隊員を装ってきて、それにあわせて口調や振る舞いを変えてきたのできっと勘違いしていたに違いない。
高校一年生としては身長が高い方だし、声も低いため、男性隊員を装っても何も違和感が感じられないのは事実だと思う。
「うちの湊斗くん結構大人に見えるでしょ~」
「はい。年齢的に二十代前半かなと思ってました」
「湊斗くんやるじゃない~」
「はぁ……」
ここまで言われたらあきれるしかない。
朝霧さんも二十代と勘違いしていたので、それほどに今までの装いに効果があったのかという事実はうれしい所だが、謎の汗が垂れてきてもう何も言えない状況になった。
「朝霧さんって高校何年生なの?」
「一年生です」
「湊斗くんと同じじゃないの!」
「そうなんですか!?」
また驚いたように朝霧さんがこちらを向いてくる。
(そこまでばらすのかよ)
今度は朝霧さんまで目をキラキラとさせてこちらを見てくる。
まぁ朝霧さんは興味津々で悪い気はしなかったんだが、あまり自分のことを知られたくなかった。
(同じ高校ってバレたらまずいしな)
このくだりは何度か続き、同じ高校とバレるのはギリギリ回避して、持ってきた桃を切って食べることにした。
今回選んだ桃は美味しくないといけないと思ったので少し高くて綺麗なのを選んだ。
「湊斗くんの選んだ桃甘くて超ジューシー」
「本当ですね。切るのもとても上手でしたし」
「それはどうもありがとうございます」
急に褒められて恥ずかしくなったが、美味しいと言ってくれたので嬉しかった。
自分自身も食べてみたが、とても甘くておいしい桃だった。みずみずしくて果汁が口いっぱいに広がって良いものだ。
二人も美味しそうに食べてくれていて、こちらとしては嬉しい限りだった。