51 姫奈のお弁当
お昼休み。
いつも昼ご飯を食べている校舎裏まで、弁当を持って伊織と一緒に向かう。
感情を表に出さないように平然を装っているが、内心蓋を開けるのが楽しみでソワソワしている。
やっとの思いで校舎裏に着いて、袋から弁当箱を取り出して蓋を開けてみると、思わず心の底から声が漏れる。
「おぉ……」
中に入っていたのは、何ともかわいらしい、姫奈らしいといった感想が脳内を飛び回るものだ。
おにぎりは円柱形に握られていて、海苔が巻かれており、ウインナーはタコさんの形に切られていて、その他には綺麗に焼かれた卵焼きやミートボール、ミニトマト、ブロッコリーで彩り豊かに作られていて、綺麗に並べられている。
普段、あまり考えずに食べたいと思ったものしか詰め込んでいなかった自分の弁当とは全く違い、とても考えられていて、手の凝った弁当で食べるのがもったいなくなってくる。
「あれ、湊斗、今日いつもと弁当の中身違うくね?」
隣に座っている伊織が、さっそく自分の弁当を見てニヤニヤし始める。
「普段と違って、随分とかわいい弁当だな、湊斗」
それから、伊織はそのニヤニヤしている顔を自分の視界に入りこませてくる。
今まで楽しみにしかしていなかったものの、急に弁当の中身を人から指摘されると、恥ずかしさが勝ってきて頬が熱くなってきた。
「伊織も蜜柑に作ってもらっていて、今日もかわいい弁当じゃないか」
「だろっ。やっぱり妹は最高だ!今日もかわいくて美味しそうだよな!」
「そうだな」
恥ずかしさを隠そうと伊織の弁当を指摘したものの、あっさりと何事も思ってないかのように返されてしまったので、どっからその自信が湧いてくるんだよっと思いながら伊織を見つめていた。
「湊斗はいつも見ている俺の弁当が羨ましくなっていたんだな」
「何でそうなる」
「だって、朝霧さんに作ってもらったんだろ?」
「そうだが、俺は姫奈に弁当を作ってとは頼んでないぞ」
「は?そうなのか?」
「あぁ」
そう言うとさっきとは打って変わって、伊織は少し呆けた顔をする。羨ましくなんて思ってなかったし、わざわざ一緒に暮らしている人に弁当を作ってなんて、やむを得ない理由がある時以外、おこがましくて言うわけがない。自分で作れるわけだし。
「朝霧さんが自分から作ったっていうのか?」
「そうだが」
自分は箸を取り出して、何から食べようかと少し悩んでいて、伊織の話を聞いてはテキトーに返している。
だから、深くは気にしていなかったが、急に伊織の声が変わって、今度は落ち着いた声で話しかけてくる。
「……君たち、付き合ってるの?」
「付き合ってないが」
「それじゃ、何で朝霧さんから弁当を湊斗に作るんだよ」
「日頃の感謝と言っていたが」
「……あぁ?」
また伊織の声が変わって、少し声が低くなる。彼の表情は今、何か考えているように眉間にしわを寄せていそうだが、そんなことは知らずに、とりあえずたこさんウィンナーを選んで、胴体を一部だけ食べて悲惨なたこさんを見たくないので、一口で口の中に入れる。
普段使っているウィンナーと変わりないが、姫奈が作ってくれたと思うと、とても美味しく感じる。
「うまい」
思わず声が漏れる。すると
「うまそうだな、おい。何だよその顔。まぁ別に羨ましくは思えんが」
と隣の伊織が少し不服そうに返した。
「これは姫奈が作ってくれたことに価値があるな。他の女子なら何とも思わんだろう」
「べたぼれじゃねぇか」
「その言い方、少し違う気がするが」
「間違っていない。まぁ確かに、湊斗なら他の女子の作ったやつを食っても何とも思わんだろうが」
「……」
また変なことを言い出す伊織にはやや引っ掛かるが、確かに伊織の言っていることは合っている。他の女子が作ってくれたやつなんて何とも思わんだろう。
「それでだな、少し話が逸れたが。お前、朝霧さんが湊斗に気が合って作ったとは思わなかったのか?」
「別に何も思わなかったが。ありがたく受け取っただけだぞ」
「はぁ、気持ち悪」
「……えぇ」
気持ち悪いと言われ、ここで伊織の顔を見ると滅茶苦茶嫌そうな顔をしてこっちを向いていた。まるで、気持ち悪い物を本当に見ているかのように。
それから伊織を睨んで「何でそうなるんだよ」と言うと、伊織は「鈍感ですなぁ。ま、俺はこれ以上口出ししない」と返された。
自分的には、姫奈が言った通りに受け取っただけで、気があるとか何も思わなかったが、その言葉を聞いて少しドキッとした。今はあまり、姫奈をそういう目で見てはいけないと思っているので何も思わなかったが、確かに言われてみると、そう思えなくはない。
でも、気があるなら、姫奈は恥ずかしがり屋な面もあるので、自らくっついてきてギューしたりするのはドキドキして出来ないと思う。
自滅するところはあるが、それはあまり深く考えてなくてやっていて、後から自滅するっていうパターンだと思うし、最初から自分の事が恋愛的に好きと思っていたら出来ないことだろう。
だから、自分は変わらず、何も気にせずに感謝として受け取っておくことにしておいた。
隣の伊織は少しの間自分のことを見つめてから、蜜柑が作った弁当を開けて食べ始める。
それからというもの、姫奈が作った弁当はいつも以上に早く食べ終わって、いつも以上に満足度の高い昼ご飯となって、幸せでいっぱいだった。