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49 ……嫌だった?

 あれから、維持署に向かって一通り仕事を終え、また帰宅したら姫奈は夕飯を作っていた。


 今日の献立は、メインはハンバーグで、その他付け合わせのサラダ、ごはん、みそ汁と健康的で美味しそうな、いつも通りの姫奈の作る夕飯だった。

 そのいつも通りが毎日楽しみで、維持署から帰ってくるのも内心ウキウキなのは噓ではない。


 早速、手を洗ったり、着替えたり、一通りのことを済ませて席に着く。部屋にはハンバーグソースのいい匂いが漂っていて、自分がいつも作っているケチャップとソースを混ぜ合わせた簡単なものではなく、隠し味に何か入れてそうなとても凝って作ってあるもののようだ。


 姫奈も目の前に座って、一緒にいただきますをしてから食べる。自分の分はこぶし二個分ぐらいに大きく作られていて、沢山食べる自分にはちょうどいい大きさで、箸で切ってみると中から沢山の肉汁がぶわっと溢れて出てくる。


 それを掴んで、恥ずかしくない程度に口を開き中に入れれば、噛めば噛むほど肉本来のうまみが口の中で広がっていって、ハンバーグソースと合わさって絶妙なハーモニーを築き上げており、肉々しさがあって食べ応えのあるものだ。


「う、うまい……」


 率直な感想を姫奈に伝えると、目の前の彼女は口元を緩めてにっこりと笑う。


「美味しそうな顔するね」

「自然とこうなるんだ」


 自分も自然と口角が上がって、優しい笑みを浮かべると、姫奈は「嬉しい」とまた微笑んで彼女も夕食を食べ始めた。

 

 この毎日の夕飯の美味しさと言い、姫奈との今のような何気ないコミュニケーションと言い、それだけで学校や仕事の疲れが吹き飛ぶものだ。


 そのまま目の前のハンバーグに夢中になってご飯と交互に食べ進めていくと、姫奈もハンバーグを食べながら、時々自分の方を向いてニコニコとしてくるので、そんなに嬉しいんだなと感じ取れて心が温かくなる。


 維持署に向かう前の彼女の内側にあったモヤモヤは、今の様子を見るとどこかにキッパリ消えていったようで安心した。


 若干見つめられていて恥ずかしかったものの、そのまま目の前の料理を楽しんでいった。


☆☆☆☆☆☆


 大きかったハンバーグもどんどんと消えていって、最後の一切れというところになっていた。その少し前、さっきまでニコニコとしていた姫奈の顔が急に変わっていて、何か考えているような、何か言いたそうな顔をしてモジモジとし始めていた。


 最後の一切れに箸を刺そうとした時に、姫奈は口を開く。


「……そ、その、湊斗くん?」

「……どうしたんだ?」


 姫奈は何か言いにくそうに、身をすくめて目を泳がせている。なぜ、彼女がこんな風になっているのか全然分からなくて、悪い気はしなかったものの、頭がポカーンとなる。


「……今日の事なんだけど、私が見に来たの分かった?」

「あぁ……分かったよ」

「そ、それで、怒ってる……?」


(それを聞きたかったのか……)


 はっきりと言われて、納得する。

 あまり学校では関わらないようにっと言っていたのに自分のクラスまで来たから、自分が怒っているのではと不安になっているのだろう。


 自分はあの程度なら全然悪い気はなかったし、むしろそれから周りに埋め尽くされてしまった姫奈が心配だった。


「全然、怒ってないぞ。何かあったのか?」

「そ、そっか。よかったぁ。ううん、ただ学校での湊斗くんが少しでもいいから見たかっただけだよ」

「あぁ……そうだったのか」


 姫奈は安堵したように少し息を吐いて、顔の緊張が解ける。急な用事とかではなかったようなので安心する。


「あまり学校でも変わり映えしなかっただろう?」


 それからハンバーグの最後の一切れを口の中に入れて、食べ終わってから聞いてみると、彼女は首を横に振った。


「ううん。そんなことなかったよ。学校での湊斗くんは何だか、あまり目立たないようでもったいないような気がした」

「そっか。まぁ目立たないのはしょうがない」


 自分から始めたことだし、姫奈の目にそう映ったのもしょうがない。


 そのまま受け流してみそ汁を食べようとしたら、まだ彼女は言葉を続ける。


「なんだかね。湊斗くん自身ももったいないと思うけど、周りの人もこんなに素敵な人と関わろうとしないだなんてもったいないなって」

「それは言いすぎだろ。自分から陰キャになっているんだし、周りの人が関わろうとしないのはしょうがない」

「それはそうかもだけど、湊斗くんが素敵な人なのは本当だよ。それは自覚したほうがいい。私が言ってるんだから」

「そうなのか……?」

「うん」


 真剣な眼差しで姫奈は自分に訴えるので、それを自分で認めるのは自覚出来ていないので、その言葉を素直に受け取ろうとは思えない。


「こういうのは自分では気づきにくいものだから、人から言われたら素直に認めるべきだよ、湊斗くん」

「そっか……」


 最後はゴリ押しで認めざるを得なかったものの、実際そう思ってくれているのは嬉しかったし、素直に受け止めて自分の自信に繋げておく。


 とりあえず恥ずかしくなったので、隠すためにみそ汁をすする。


「……でもね、逆に湊斗くんは学校であまり他の人と関わらないから、普段一緒に住んでいる私は素敵な湊斗くんを独り占め出来てるようで嬉しいよ」

「……何だよその言い方」


 少し語弊があるような言い方をされて余計に恥ずかしくなり、そのまま一気にみそ汁を飲み干して机の上に置いてから姫奈の顔を見ると、何も思ってないかのようにニコニコと笑っていた。


(どこからその余裕が湧いてるんだよ)


 どうやら彼女は、自分が恥ずかしいことを言ったことを自覚していないようだった。


 それから夕食を全部食べ終わったところで、その恥ずかしさを紛らわそうと台所へ向かった。

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