48 女神様は消えてない
放課後、仕事がある為、いつも通り一旦家に帰ってから維持署に向かうことにする。
帰りも姫奈のことが心配なので、今朝と一緒で怪しまれない程度に彼女の近くを歩いて帰ることにする。ストーカーのようだがしょうがない。
最早、サポート役としての縛りを受けてしようとしているのではなく、本心からしようとしている事だ。気持ち悪いなんて思われても、そんなことは関係ない。
伊織と下駄箱に行って靴を履き替えようとした時に、下駄箱でたまたま姫奈と数人の女子が話しているのを見つける。
初日から姫奈のことが度々目に映るのは、姫奈と出会う前から彼女の事を見ていたのに、自分が知らなかっただけで空気のような存在として見ていたからだろう。
でも、今は彼女を見つけると目が留まってしまう。
姫奈はそのまま数人の女子たちと一緒に下校するみたいだ。それならまだ複数人で帰るわけだし安全だと思うが、途中で分かれてしまった時にほんの一瞬の時間でも危ない時は来る時は来るだろう。
だから、やることは一緒だ。
「朝霧さん、前に来ていた時と雰囲気は変わらないな」
「そうなのか?」
「おう。敬語だし接し方も女神様だ。本当に湊斗にはタメ口で気軽に話しているのか?」
「……話しているが」
伊織が姫奈の方を見ながら隣で話す。自分にだけタメ口を使っているのを伊織が知っているのは前に話していたからだ。
「ねぇねぇ、姫奈さんは今まで何してたの?」
「それは内緒です。病気ではありませんでしたが、少し事情があって休んでいただけですよ」
「そうなんだ~」
(んー)
確かに見ていると、学校での姫奈はお見舞いに行っていた時と同じように周りに接している。敬語だし、話しやすい雰囲気を醸し出していて優等生のようだ。とてもタメ口で話すような少女には思えない。
だから伊織も疑問に思うのだろう。自分は、自分の前だけの姫奈が当たり前だから久しぶりに女神様を演じて接している姫奈が違和感なんだが。
「まぁ、それならそれでいいんだけどさ。やっぱり、朝霧さんが女神様を演じているって知ってると何だか見るのがつらいな」
「伊織もそう思うのか?」
「あぁ。特にレディーは外側と内側は考えていることが違うことが多い。あぁやって普通に皆と話しているように見えても、内側では我慢していると思うぞ」
「そうか……」
「だから湊斗、帰ってやったらちゃんと朝霧さんと構ってやれよ。少なくとも今の朝霧さんはお前が一番の拠り所なんだから」
「……あぁ、そうするよ」
伊織の口からやたらと真剣な言葉たちが出てきて驚くも、伊織はさすがだなっと思う。
自分もそう思う。自分の前では心を開いている姫奈を、学校での女神様の姿を見ていると、見ているのがつらくなってくる。心が締め付けられるようだ。
今の姫奈の顔は笑っていて楽しそうなものの、その笑いも家で見せるような子供のような笑い方ではなく、どことなく遠慮しているような、綺麗で上品な笑顔だ。その笑顔もいいとは思うものの、普段から見ている笑顔の方がいい。
学校でも姫奈に自分の前での姿を見せてほしいが、周りに染み付いた女神様の振る舞いは簡単には消せないし、急に彼女が性格を変えても皆驚くだろう。
それは彼女が傷つくだろうし、でもそのままでも嫌だ。
いつか姫奈にも周りに気を遣わずに接しても貰えるように、自分も努力する。このまま女神様を毎日見るのはごめんだ。まだ高校生活も二年ある。
勝手な判断だが、これが自分なりに姫奈に出来るサポートだと思うし、人に気を遣わずにありのままで生きられる姫奈になってもらう為のことだ。その方が彼女自身だっていいはずだ。
それから自分も靴を履き、伊織に途中までは一緒に帰ってもらってそのまま家に帰った。
☆☆☆☆☆☆
あれから姫奈は何事もなく家に着いていた。まだ一日目というのに何だか安心感が凄い。心配しすぎなのだろうか……
でも、姫奈がウザいと思わない程度ならいいだろう。
一旦家には帰ったものの、すぐに着替えて維持署に向かわなければ行けない。だけど、さっき言われた伊織の言葉を思い出す。
「ちゃんと構ってやれよ」
自分自身も短時間ながら姫奈といたい。
先に家に帰っていた姫奈は、制服のまま自分の荷物を部屋に置きに行ったようでそれから部屋から出てきた。
「あ、おかえり、湊斗くん」
「ただいま」
彼女はいつも通り自分の前では普通だ。
「どうだった?学校」
「いつも通りだったよ。皆、私が久しぶりにきても前にいた時のように変わらず接してくれたよ」
「そっか。よかった」
どこか安心したっというような表情で話した姫奈は、自分の目を見て微笑む。今も一見変わりないが、どことなく隠しているようにも思えて、その隠している弱い部分を自分の前で出してほしい気分になった。
それから、毎日のギューを今日は初めて自分からする。彼女を胸に抱きよせて、腰に腕を通す。
「み、みなとくん、き、きゅうにどうしたの?」
「姫奈。お疲れ様」
姫奈は少し驚いて、されるがまま自分の胸に引っ付けられてそれから自分の顔を見上げてくる。姫奈の顔は油断していたかのように一気に赤くなっている。
「ん、何それ、また湊斗くんに甘やかされそうで嫌だ」
「今日は疲れただろ?」
姫奈は赤くなった顔を、今度は自分の胸に隠す。彼女が言っていることと関係のない事を言って、その様子を見ながら今度は頭を撫で始める。
「ちょ、ちょっと、ダメだよ」
「嫌なのか?」
「い、いやじゃないけど、そのドキドキして……」
姫奈は声を震わせて、胸の中で少しもごもごとし始める。微かに彼女の鼓動が伝わってきて、自分もドキドキし始めるもののそのままギューするのをやめない。
「み、みなとくんからは、ず、ずるいよ」
「いつもは姫奈からしてるのに?」
少し笑って余裕を見せるが、それでも自分も段々と鼓動が激しくなってきて顔が火照ってくる。
それから姫奈は諦めたかのように自分の背中に腕を通して抱き寄せて来た。
それから、しばらくの間沈黙が続く……
(こんな事をして、本当に良かったのか……)
後々、付き合ってもいない女子を自分から抱き寄せたことに引っ掛かるも、いつもしていることを自分からしただけだと思い、そのまま姫奈を抱きしめていた。
そして数十秒の沈黙を終え、姫奈の方から口を開いた。上目遣いで頬を赤くしながら話しかけてくる。
「また、家から出てくの?」
「うん。ごめん」
「……しょうがないけど、帰ってきたら私のこと構ってね?」
「分かった。それまで待ってて」
「うん。ありがとう、湊斗くん。少しは緊張が解けたみたいだよ」
「そっか、よかった。あまり学校で無理するなよ」
「うん」
そう言った彼女は、抱いている腕をより強くしてきて自分の胸の中でまた埋もれた。
そうして少しの間二人でギューを続けた。