自らの手で……
隊長に呼び出されたのは、初詣から二日が立った日だった。
この日までは休みを頂いていたものの、急に呼び出されたので何かあったのかとドキドキしている。
目の前で腰かけている隊長は目を細めて、真剣な眼差しをこちらに向けてきている。その視線がいつもよりも重く感じて、不安が倍増する。
「西園寺」
「……どうされましたか?」
「姫奈さんの母親のことについてだが」
「……」
その言葉を聞いて、すぐに返事が出来ない。
それはなぜかというと、姫奈の母親が今何をしているか知っているからだ。
前々から姫奈の母親については捜査をしていた。父親は死んでしまって、仮にまだ母親が生きていたら、そのままの状態だと姫奈はまだ未成年だし育児放棄になるからだ。
捜査を進めていくと、姫奈の母親について分かってきたことがある。それはたまたま、他の隊員と警察が詐欺事件について話していた時だった。
「この前詐欺事件があったんだが、その事件、結構厄介だったんだよ。ある暗号のようなものを見つけてそれを解いてみたら、犯人の苗字が分かったんだ」
「そんなことがあったんですか。ちなみに犯人の苗字は何だったんですか?」
「朝霧だ」
その言葉を聞いて、ドックンと心臓が大きく鼓動した。
それを聞いただけで姫奈の母親とは判断しにくいが、その言葉が妙に自分の頭に刺さって離れなかった。
それからその調査をしていた警察と合同で捜査を進めていくと、姫奈の母親がその事件の犯人だと確証をもたらす証拠が出てきて、姫奈の母親が詐欺をしていたと認めざるを得なかった。
だから休みの日に呼び出されて、隊長の口から姫奈の母親という言葉が出たのが驚きで、動揺した。
「姫奈の母親がどうかしたんですか?」
「実はだな、一緒に捜査していた警察から、さきほど連絡が入ったんだ」
「え!それで、警察は?」
「警察によると、少し派手な服装をした女が人と口論になっていると通報が入ったらしく、駆け付けた所もうその女は逃げてしまっていたらしいが、その後、防犯カメラを見たら、姫奈さんの母親と思われる姿が映っていたらしい」
「なんと……それはどこで?」
「近くの商店街だ」
「え、」
また、内心驚いて目を見開いてしまう。前に目撃情報があったのは、今住んでいる地域とは少し離れた別の地域だったが、この地域で姫奈の母親と思われる人物が目撃されたと聞いたからだ。
「詳しくは分からんが、多分、年始で何か事情があって帰ってきているのだろう。その事件が起きてからあまり時間は立っていない。だから、西園寺。今なら姫奈さんの母親を見つけ出すことができるかもしれない」
「……そうですね」
これは事件を解決することにも、姫奈の母親を見つけ出すことも出来そうなチャンスだし、早めに捕まえたいのは山々だったが、自分の中でどこか引っ掛かる部分があった。
それは、姫奈に内緒で姫奈の親を逮捕しなければならなかったからだ。彼女が小さい時に出て行ったきり母親が今何をしているか知らないらしいが、実は実の母親が詐欺をしていて、姫奈の実の母親を逮捕しなければならない立場に自分がいるという事に、どこかやるせない気持ちがあった。
だけども、世間的にも姫奈の為にも区切りを付けなければいけないことだ。
「今から探すか?」
「探します。自分としても、姫奈の母親が詐欺をしているなら姫奈の名誉が傷つくかもしれないし、早めに捕まえた方がいいと思います」
「そうか。私は今から別の任務で同行できないから、その事件の担当をしている警察官と一緒に探してくれるか?」
「分かりました」
そうして姫奈の母親探しが始まった。
☆☆☆☆☆☆
警察官と合流し、手分けして探しているとその女は自分の前に現れた。
サングラスやマスクを身に着けていて顔は見えないものの、一目見ただけで姫奈の母親だと分かった。それ以外にも一般人が買えないようなブランド物のものを身に着けていて、それが目立っていて詐欺で手に入れた金で買った物なんだろうなと想像することができた。
「こちら、高橋。詐欺事件の容疑者に似た人物を発見。至急応援をお願いする」
そう言って同行していた警察官が応援を呼ぶ。そして、その警察官とともにその女の元へ向かった。
「こんにちは、警察です。少しお話があるのですが」
そう聞くとその女は逃げようとはせずに、その場に立って静かにこちらを見ている。
それから数秒の沈黙があって、次の言葉を隣の警察官が言おうとしたらその女は口を開いた。
「何よ。何か用かしら」
「朝霧夢奈さんでよろしかったですか?」
「えぇ、そうよ」
その女はその言葉を聞くなり、何も疑おうとせずにあっさりと答えた。その余裕が逆に不自然で、少し不思議に思う。どうやら姫奈の母親で間違いなさそうだ。
そして、隣の警察官がポケットから逮捕状をだし、母親の目の前にさしだす。
「あなたに詐欺の疑いで逮捕状が出ています。今からあなたのことを逮捕しますね」
母親はその令状をサングラス越しに見つめて、そのまま無言で立ち尽くしている。
それから腰に掛けてある手錠を外し、そのまま自らの手で姫奈の母親の腕に手錠を掛けた。抵抗しようとせず、母親はすんなりと受け止めた。
何とも言い難い心境と、母親の冷静な対応に不思議な感覚を抱くしかなかった。
その後応援がきて、そのままパトカーで母親は署まで連行されていった。自分はそのパトカーを感情のない冷たい目で見つめていた。
自らの手で姫奈の母親を逮捕することにしたのは、自分の中のモヤモヤや苛立ちにちゃんと区切りをつけたかったからだ。
姫奈の母親は、姫奈が父親にボロボロにされるまで虐待されている間、そんなことを知らずに詐欺をして人の金を騙し取り、その金で贅沢をして暮らしていたんだ。
詐欺をしている時点で人間として終わっているのに、ましてや自分の娘を置いて出て行ってその後なにも連絡をよこさずに生き続けていただなんて、自分の娘のことを何とも思っていない。
そこから分かるに、軽々しい気持ちで姫奈を産んだんだろうなというのが想像できる。
そこでもう親として失格だし、生まれてきた姫奈が可哀そうだ。母親が姫奈が虐待されていたことを知っているかどうか分からないが、あのボロボロになった姫奈を見ている自分は到底母親のことは許せない。
母親は母親でやむを得ない事情があって家を出たり詐欺をしたりしたかもしれないが、今はその事情のことを気にすることが出来ないほどに怒りに震えている。
でも、これで一旦は区切りがついたことだし、もうさっぱり忘れて、これからも姫奈のことを大切にしていこうと思う。
もし母親が詐欺をやっていたと姫奈が知ったら、傷つくだろうし、姫奈の名誉にも関わってくるかもしれないから、母親が逮捕されたことは姫奈に言わないことにする。
もし、姫奈の母親が詐欺をしていたことが周りにバレたとして、周りが姫奈のことを犯罪者の子供呼ばわりするようになったら、その時は絶対に自分が守るし四番隊も付いている。
姫奈は何も悪くない。少し育った環境が悪かっただけで姫奈自身はとてもいい人だ。
だから今度は自分が彼女に少しでも多くの幸せを感じてもらえるように、姫奈と付き合っていくだけだ。
☆☆☆☆☆☆
家に帰ると、何も知らない姫奈がいつも通り笑顔で迎えに来てくれる。
純粋でどこまでも綺麗な笑顔。その笑顔を見て、この子の母親に手錠をかけたことを思い出して少しドキリとしたものの、もうそれ以上は何も思わなかった。
姫奈がいい人すぎるんだ。頑張り屋で優しい。他の事なんて気にすることじゃない。今は目の前の人だけを見続ければいいんだ。
「湊斗くん。大丈夫だった?」
「あぁ。少し手伝い事をしていただけだ」
「そっか。よかった」
そう言って何事もなかったように微笑みかけると、姫奈も微笑み返して、そのまま元の休日に戻った。
これにて三章は終了です。次は新学期が始まって姫奈さんが学校に行くようになります!