43 姫奈と初詣
目的地の神社は、家から十五分ほど歩いたところにある町が誇る大きな神社だ。
外に出ると真っ暗で雪が微かに振っており、傘をさすほどではないものの路面が少し滑りやすい状態だ。
普段の履き慣れた靴でも滑りそうな状況で姫奈はブーツを履いており、彼女が転んでケガをするのは予測できる。
「姫奈、滑ると危ないから手を貸せ」
「え?」
彼女は顔を上げて少しびっくりしたように目を開く。
(俺と手を繋ぐの嫌なのか……?)
そう、ふと不安に思ったもののその不安を消すように姫奈はすぐに手を出してきた。
普段から自分は白手袋をはめている為、それをはずして姫奈の手をそっと握る。すると姫奈は少し顔を赤くしつつほんのりと微笑んだ。
「湊斗くんの手あったかい」
自分の手はある程度大きいため、彼女の小さな手を十分に覆うことが出来る。彼女の手と比べてみると大きさは一目瞭然で、男女の差みたいなものが分かる。
姫奈の手はスベスベで触り心地がいい。自分は手袋をしていたから温かいので、野ざらしで冷えていた姫奈の手を繋ぐと同時に温めてやる。
前にも姫奈の手を握ったことがあったが、外で歩きながら手を繋いでいるとやけに緊張して手が震えてくる。
隣の姫奈は手を繋ぎながらハァーっと息を吐いて息が白くなるのを楽しんでいて、それを見て子供みたいだなっと小さく微笑む。
そのまま二人で神社を目指した。
☆☆☆☆☆☆
神社に着くと境内に行く道で色々な出店が早朝ながらも準備をしており、数は少ないが営業している店もある。朝が早いという為、あまり混雑はしておらず人の動きはまばらで手を繋いで歩いていても十分通れるほどだ。
神社の前にある大きな鳥居の前で一礼してからくぐり、中に進んでいくと治安維持隊の制服を着た集団が数人、大きな焚火の前で集まっている。
その中に見慣れた人影も見える。
「おぉ……」
その中の一人が目を細めて、ニヤつきながら自分たちを発見するなり見つめてくる。
「手を繋ぐようにまでなったんだねぇ……」
「地面が凍ってて、滑りそうで危ないからですよ」
「ほんと~?それを理由にして姫奈ちゃんと手を繋ぎたかったんでしょ」
「あぁ……」
どう答えていいか返答に困る。ここで「そんなこと思ってません」と言ったら姫奈は傷つくだろうし、素直に認めたらそれはそれで恥ずかしい。
とりあえず聞かなかった事にして誤魔化す。
隣にいる姫奈は何だか物足りなさそうに少し強く手を握ってくる。
本当に小林先輩は朝も昼も夜も関係ないほどに、脳が活発に動いているようだ。朝が弱い自分にとっては羨ましいのだが。
「湊斗くん明けましておめでとう。今年もよろしく。新年早々、小林君に絡まれているね~」
「藍住先生、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
今度は小林先輩の隣にいた藍住隊員が、新年の挨拶を笑顔でしてくれる。自分に続いて隣にいる姫奈も藍住隊員へ新年の挨拶をする。
自分は何とも思ってないが、姫奈にとっては新年早々に会った人が学校の先生だなんて少し違和感を感じているかもしれない。
「ちょっと~私に挨拶は?」
「小林先輩が新年早々変なこと言うから……」
「なにを~カップルみたいに来られたらそっちに目がいくじゃない」
「はぁ……」
異性と二人で手を繋ぐ。カップルみたいと言われても仕方がないと今更ながら気づく。
それを口にだす小林先輩に少し呆れてしまうが、とりあえずは二人で一緒に小林先輩にも新年の挨拶をする。
小林先輩は「よろしい」と言って何だか誇らしげな顔をした。
「湊斗くんは気が利くね。今日は滑りやすいからねぇ」
「はい。湊斗くんは普段からもとても気が利きます」
「いいね」
「藍住隊員、私と一緒に来る時は手を繋いでくれなかったのになぁ」
「あはは。僕は奥さん一筋だからね。いくら若い小林君でも女性だから手を取ってあげられないなぁ。小林君は鍛えてるし大丈夫だろう?」
「いえ、こけちゃいますよ~」
「ハハッ。面白い冗談を」
小林先輩がふざけているのを見て藍住隊員が少しツボる。この二人結構仲が良くて周りから見ていても面白いのだが、藍住隊員が徐々に小林先輩に染まっていっているのが嫌だ。
姫奈に普段からとても気が利くと言われてとても嬉しかったが、学校の先生に手を繋いでいることを言われると、余計に恥ずかしくて二人とも少し頬が赤くなってきた。
「湊斗くんの警備の番はもう少し先だから、二人でイチャイチャしながら先お参りに行ってきな」
「一言余分ですね……」
「ちゃんと湊斗くんの警備の番の時は、私に姫奈ちゃんを貸してよね?」
「分かってますよ」
また余計なことを言う小林先輩をジト目で見る。
実は小林先輩から前に「姫奈ちゃんと話したいことがあるから初詣の時に一緒に連れてきてよ」っと言われていた。
だから最初から姫奈を初詣に連れていくつもりでいた。小林先輩に言われなくとも一緒に行く予定だったが。
二人で何を話すかは分からないが、とりあえず二人でそのまま手を取りながらお参りに行くことにした。
☆☆☆☆☆☆
賽銭箱の前に立ち、二人揃ってお賽銭を投げる。それから二礼二拍手をして、神様に新年を無事迎えられたことのお礼と願い事をする。
これといって大した願い事ではないが、まず自分がいつも願っている子供たちの安心安全を祈願し、それから……
(姫奈が周りの人とも心を開いてくれますように)
と願っておく。
これも心の底から常に思っている事だ。自分だけじゃなく、周りの人とも気を遣わずに楽しく関わっている彼女を見たい。
これは自分の努力次第でもあるが……
参り終わって一礼をしてから隣を見ると、まだ彼女は手を合わせている。
(姫奈は何を願い事してるんだろう)
後ろにお参りの順番を待つ列はいないが、随分と長いこと彼女は手を合わせていた。
それから二人ともお参りが終わって拝殿を後にし、再度手を繋いで歩きだしてから姫奈にさっき願っていたことについて聞いてみる。
「姫奈はさっき何を長いこと願い事をしていたんだ?」
すると彼女はにっこりと微笑んで、自分の目を見てきた。