41 姫奈と年越し前
(あぁ……寝れない)
そう、案の定寝れていない。
自分がソファで寝ていいと姫奈に言ったので、もう今更言ってしまったことだし取り返しがつかない。
今は姫奈が寝てる方と反対側を向いて寝ている。というのも、偶然なことに自分が寝ている頭の位置と姫奈が寝ている頭の位置がほぼ一緒の位置に合って、今反対側を向くと姫奈の寝ている顔が見えるからだ。
彼女は何も気にしていないようで、リズムよく小さく呼吸をしながらスヤスヤと眠っている。
(あの時自分の部屋で寝た方がいいって言えばよかった)
異性と同じ空間で寝ているだけでめちゃくちゃ緊張する。反対側をむいたらいつでもかわいい女の子の寝顔が見れるってなんだよ。そんなのありかよ。
そんなことだけじゃなく、辺りは静かで隣でソファで寝ている姫奈のする呼吸しか聞こえず、反対側を向いていてもその呼吸が聞こえてきて気になってしまう。
寝不足確定だ。
もう諦めてチラッと反対側を向いてみる。
(……おぉ)
思わず声が出そうになってしまうくらいの、少し頬を赤く染めながら気持ちよさそうに寝ている姫奈がこっちを向いている。
(どうして姫奈は自分の方を向いて寝れるんだよ)
見る分にはこっちを向いてくれた方が嬉しいが、逆に自分の方を向いて寝れるのが不思議だ。
前にも自分といると安心すると言われたし、こっちを向いて寝た方が安心しているのだろうか……
それにしてもやばい。めちゃくちゃ自分がしちゃダメな事をしている気がするが、この寝顔は見られずにはいられない。てか、なんで毎回見るたびにこんなに気持ちよさそうに眠れるんだよ。
そんなことは分からずに、逆に頭がギンギンとなって布団の中でモゴモゴとしながら過ごすしかなかった。
☆☆☆☆☆☆
ピピピピ ピピピピ ピピピピ
タイマーが鳴った。
あれからというものの、とりあえず目をつぶっておけば体も休まるだろうと思って目をつむったまま反対側を向いて寝ていた。
だからタイマーがなった瞬間は解放感でいっぱいだ。体を起こしてタイマーを消す。
(あぁ、眠たい)
体は若干だるいものの、まぁどうにかなるだろうというところで自分で納得しておく。
ソファで眠っている姫奈は「んんぅ」と言いながら、一瞬タイマーの音には反応したものの反対側を向いてまた寝てしまっていた。
姫奈の傍に行く。
「おーい、起きろ。年越し出来ないぞー」
耳元で話しかけてみたが、少しだけ体を動かしてあおむけになっただけでまだ目は閉じたままだ。
(本当に睡眠に弱いな)
寝ぼけて自分のベットで寝たり、ソファを作った後、そのまま自分の肩にもたれながら眠ったりと色々と前例があって彼女は寝ることに対しての耐性が低いんだなって思う。そこはそこで子供っぽくて見守りがいがあっていいんだが。
とりあえず、肩を掴んで今度は軽くゆすってみる。
「おーい、起きてくれ。一人でそば食べるぞ」
そしたら姫奈は「んんぅ」と言いながら少しだけ目を開いて「湊斗くん……」と言って反応した。でもまだ完全には起きれていない。
目をパチパチとさせてからまた体を横にして寝ようとする。
(もう)
掴んだままの肩でそれを阻止すれば、彼女は不機嫌そうに「……ちょっと」と言い出す。
「いつまで寝ぼけてるんだよ。頬っぺたつまむぞ」
肩を掴んだまま睨んでいると、姫奈は「やってみろぉ」と寝ぼけた声で返してきた。
とりあえず遠慮なく彼女の頬っぺたをつまむことにする。彼女が痛くないように控えめに……
ムニ……
「あぁ、やめてくだしゃい。起きますからぁ」
「……全く」
そのままムニムニとしていると姫奈は目を開けて観念したかのように訴えかけて来た。
彼女の頬はお餅のように柔らかく適度な弾力があって、肌のすべすべさで少し指が滑っていくほどで、つまんでいて気持ちいいものだった。
もう見るからに触りたくなるような頬っぺたで前々から触りたいぐらいだったから、想像通りの最高の頬っぺたで何だか自分が癒されてしまった。
その反面、最近毎日のように姫奈を抱きしめているから、むやみに女の子に触ろうとている自分がいて怖い。
まぁ、これぐらいは許容範囲だろう。
つままれた姫奈は「あぁ」と少し呆けた声を出しながら体を起こした。
「……おはよう、湊斗くん」
「おはよう」
起き上がった姫奈は少し瞳をうるうるとさせて涙目だった。そこも子供っぽくて、笑って頭を撫でたら少し頬を赤くして視線を横へずらした。
「最近、湊斗くんに優しくされすぎている気がする」
「え、なんで?」
「だって、私色々とやりすぎちゃうところとかあるのに優しく受け止めてくれるし、疲れて帰ってきてもちゃんと私の事構ってくれるから」
「……そっか。でも俺がしたくてしてるんだから全然悪いとか思ってないし、むしろ姫奈といれて嬉しいよ」
「そう?」
「うん」
そう言った彼女は口元を緩めて、少しニヤケてからその顔を隠そうと自分の胸へ飛び込んでくる。急にきたものの、もう慣れつつあるのでそっと姫奈を受け止めることにした。
(しっかし、もっと恥ずかしいっていう気持ちを持ってもらいたいなぁ)
一応、自分もちゃんとした男だ。
☆☆☆☆☆☆
年越しそばは夕食当番の姫奈が作ってくれて、短時間ながらもねぎ、はんぺん、ほうれんそうなどがのっており、だしが効いていて非常に美味しいものとなっている。
リビングにテレビは置いていないので、今は姫奈と隣同士に座りながら前にスマホを置き、スマホをテレビの変わりとしてカウントダウンのテレビ番組を一緒に見ている。
姫奈が起きるのに少々時間がかかったのもあり、二十三時ちょうどには起きれずにやや遅れたものの、姫奈の年越しそばを作るのが早くて、年越しの二十分前ぐらいには席に着けていた。
テレビ番組を見ながら二人でそばをすする。
「美味しいよ。姫奈」
「ありがとう」
美味しいのは分かっているものの、毎度その美味しさを口に出したくなるので彼女に美味しいと伝えると、姫奈は隣でにっこりと微笑んだ。
「もうすぐで今年も終わっちゃうね」
「……そうだな」
もうすぐ終わると言われるとやけに悲しくなってくる。色々とあったし、それが消えていくみたいで寂しい。
すると姫奈がとんとんっと肩を叩いてきて、テレビを見ていた視線を姫奈の目に向ける。
「どうしたんだ……?」
やたらと真剣な目で姫奈が見つめてくるので、緊張してしまう。
「湊斗くん、今年は短い間だったけど、湊斗くんと出会えて本当によかったって思えてる。自分の中で我慢してたことが一気に晴れたし、今こうして気を遣わずに心を開いて接することが出来る人が一番近くにいてくれて、本当に幸せだよ」
「お、おう……」
「最初に私を見つけてくれたのも、私のお見舞いに来てくれたのも、私と一緒に暮らすことを許してくれた人も全部全部、湊斗くんでよかったし、湊斗くんじゃなきゃダメだったって思えてる」
隣にいる姫奈は少し頬を赤く染めながらも自分の目をまっすぐ見て言葉を続けてくる。こういうのを言われるのは慣れてなくやけに恥ずかしくて、恥ずかしさで顔が熱くなっている。
「ありがとう。こんな私を助けてくれて本当にありがとう。湊斗くん」
「ど、どういたしまして。姫奈、こんなはいらないぞ。姫奈は立派だ。俺も姫奈に会えて嬉しいよ」
「ありがとう」
「うん」
「湊斗くんは私といて迷惑じゃない?」
「全然迷惑じゃない。むしろいてほしい」
「そっか。よかった。まだまだふつつか者だけど、来年も私をよろしくね。湊斗くん」
「またふつつか者なんて……でもよろしく、姫奈」
「うん」
そう言い切った姫奈は最後にニコっと笑いかけてくる。
鼻がツーンとかゆくなってきて、今にも涙が出そうなくらいに嬉しい言葉だった。
(最後にその言葉たちずるいぞ……)
恥ずかしさの余韻が残りつつも、自分も姫奈に微笑みかけた。