40 大晦日
今日は何もなくちゃんとした休みの日。昨日は夜遅くまで起きていたため久しぶりにうっかりしていて、立ち上がってタイマーを切ったもののまた布団に戻って寝てしまっていたらしい。
そのまままた夢の中へ入り込んでしまって、現実世界に引き戻されたのは頬に何かがツンツンと当たる感触に気づいた時だった。
「……んん?」
何だ?と思いながらそのまま目を開いてみると、琥珀色の瞳がこちらを覗いている。一瞬分からなくて瞬きをしながらぼーっと見つめていたものの、今置かれている状況に気づきすぐさま体を起こして反応した。
「ひ、ひめな!?」
「おはよう。湊斗くん」
体を起こして横を向くと、まだパジャマ姿の姫奈が自分を見ながら目を細めて微笑んでいる。どうやら彼女に頬っぺたをつつかれていたらしい。
今の彼女の顔は何か企んでいたような顔をしていてどことなく小悪魔のようだ。
「湊斗くんの寝顔かわいかったよ」
「か、かわいくねぇよ!」
どうやら自分のベットがリビングにあるので、先に起きた姫奈が自分の寝顔を見つめていたようだ。
(恥ずかしい……)
今はリビングで寝ている自分を恨みたい気分だ。自分が二度寝したのも悪いが、自分のだらしない寝顔なんて見られたくなかった。
「あまりジロジロ見ないでくれよ」
「だって、リビングで気持ちよさそうに寝てるんだから見ちゃうでしょ?湊斗くんだって私の寝顔何回も見てるじゃん」
「それはそうだけな……」
そう言われたらすんなりと認めるしかなかった。前々から姫奈の寝顔は何回も見ているのに、自分の寝顔は見るなだなんて不平等だし、リビングで寝ているからしょうがないことだ。
こんなにも恥ずかしいとは、彼女の寝顔を見ていたのが申し訳ない気分でいっぱいになる。
「まぁ、前々から夜中にトイレに行く時とか見てたんだけどね」
「マジかよ……」
姫奈がジト目で不穏な笑みを浮かべながらジーっと見つめてくる。湊斗くんも見てくるから、私も見てやったぜみたいな感じだ。
自分は目を細めてあきれたように彼女を見る。
前々から夜中にトイレに行く時は遠慮せずに行ってくれと言っていたし、彼女が故意で見ていたことは引っ掛かるものの、少しため息をついてから立ち上がって朝食を作ることにした。
とりあえず、姫奈の部屋に昨日入ったことは何も追及されなかった。彼女が気づいてないからなのか分からないが。
☆☆☆☆☆☆
今日は大晦日。今日で人生の中で長いようで短く、一番濃かった一年が終わってしまう。
今年は今までの人生の中でも一番というほどに色々あった。
そう思うのは、治安維持隊に入隊してから子供たちのために一心不乱に毎日を過ごしたのと姫奈に出会ったからだ。
治安維持隊に入る前までもあまり友達とは関わらずに毎日を淡々と過ごしていたが、今では日々知らない人と関わったり、年上の人と協力したりと今までではなかったことが経験できている。
それに加えてあまり関わってこなかった異性と濃厚に関わるようになることになって、今では大切にしてあげたいと思えるほどにまで自分がなってしまっているので随分と変わってしまった一年だった。
(色々とあったなぁ)
一人で感慨に浸りながら、そんなことは知らずに目の前で小動物のように朝食用に作ったサンドウィッチをパクパクと食べる姫奈がいる。
「姫奈はどうやって年越しするんだ?」
一年に一回の年越し。記念にこの日だけは起きておこうと思っているが、姫奈に聞いてみると彼女はぴょこんと首を傾げて考え始める。
「んー湊斗くんはどうするの?」
「俺は明日の朝、町のパトロールに行かなきゃいけないからギリギリまで寝てから年越ししようかなと思ってるけど」
「……ふんじゃ私もそうする」
「そっか」
姫奈がそうするならそれでいいなとそのまま頷く。
町のパトロールというのは、毎年初詣の混乱を防ぐ為に治安維持隊がやっていることらしく、我々四番隊も神社の警備をすることになっていて今夜から行く隊員もいるらしい。
自分の町は少々治安が悪い所にあるので、イベント事の時には治安維持隊が警備をすることが度々ある。
自分の担当は早朝からだった。
「初詣はいつも行ってたのか?」
「……行ってなかったよ」
「行きたい?」
「行きたいけど、湊斗くんパトロールあるんでしょ?」
「あるけど神社の警備みたいな感じだから一緒に行けないこともない」
「そうなの?」
「うん」
「ふんじゃ一緒に行こ?」
「行くか」
姫奈が初詣に行ってなかった事実を知って少し心に刺さったが、彼女も興味があるようで最後にはえへっとはにかんで何だか嬉しそうだった。
本来は神社の警備が目的なものの彼女と一緒に出掛ける約束が出来、一緒にちゃんと出掛けるのはクリスマスの買い出し以来で自分としては楽しみだ。
彼女と一緒に出掛けるのは楽しいし、彼女の笑顔を見るのが好きだからだ。
それから彼女の口にサンドウィッチのマヨネーズが付いていたので「顔を貸せ」と言ってティッシュでマヨネーズを取ってやる。
姫奈は恥ずかし気に頬を赤く染めたものの「ありがとう」と返した。
☆☆☆☆☆☆
今は夜の二十時。二人とも夕食はまだ取っていないものの風呂は入り終わっていて、今から明日に備えて寝る準備をしようとしている所だ。
夕食を取っていないのは、年越しの時に年越しそばを食べるためだ。年越し後にそのまま初詣に行くことになっているため、少しは寝れる時に寝ておいた方がいいだろう。
今は二人ともパジャマだ。
「ふんじゃ二十三時に起きよう」
そう言ってタイマーをセットする。
「湊斗くん、ここで寝てもいい?」
そう言った姫奈はソファを指さしている。
「いいけどベットの方が寝やすいんじゃないのか?」
「結構、私どこでも寝れるタイプだから大丈夫だと思う」
「そっか。姫奈がそれでいいならいいけど、俺のベットで寝るか?」
「いや、それはさすがに恥ずかしいからいいよ」
「そっか」
姫奈は多分、同じ空間で寝た方が起きれるからリビングで寝ようとしてると思うが、後々考えてみると自分のベットとソファは結構近い距離にあって、ドキドキして自分が寝れないんじゃないかと心配になってきた。
そう言って彼女は部屋から枕と上布団だけ持ってきて、それから二人とも横になって電気を消す。
「ふんじゃおやすみ。姫奈」
「おやすみ。湊斗くん」
そうして初めて一緒の空間で寝ることになった。




