32 とんでも宣言
その日の学校もいつものように終わり、維持隊の仕事も終え帰路に就く。
家に着き、玄関を開ければいつものように姫奈が玄関先まで迎えに来てくれる。
「おかえり湊斗くん」
「ただいま」
リビングから出てきた姫奈は、今日はやけにお出迎えのスピードがいつもより早くて暗めの声で迎えに来てくれた。
それでも笑って出迎えてくれて、少しぎこちないもののいつも通りのようだ。
「何かあったのか?」
「ん、少し湊斗くんがいなくて寂しかった」
「そっか」
そう言った姫奈は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めて、下を向いて視線をずらす。
その姿が初心な子供のようでかわいい。
その姿を見て彼女の頭を撫でたい衝動に駆られて、そのままその衝動に抗えることが出来ずに彼女の頭を撫で始める。
背の高さが頭一個分ぐらい違うのでその分撫でやすく、いつも通り髪がサラサラで撫で心地がいい。撫でていくほどに、姫奈はどんどんと顔を赤らめる。
「は、恥ずかしい……」
「やめてほしい?」
「いや、そのままがいい……」
姫奈は恥ずかしながらもその場を動かずにじっとしている。
そのまま撫でていると、さっきまで余裕だった自分も恥ずかしくなってきて顔が熱くなってくる。
でも、姫奈が目を細めて顔を真っ赤に染めながらもどことなくおねだりしているようで、撫でるのをやめられなかった。
「ごはん出来てるから、食べよう?」
「うん。ありがとう」
もうこれ以上はダメと言わんばかりに上目遣いで、これまたおねだりされるような声で夕食を食べることを促されたので、それは反則だろっと思いながらも、そのままリビングに向かうことにした。
後から聞いた話によると、帰ってきそうなタイミングを見計らってリビングのドアから玄関を見て待っていたらしい。
だから出てくるのが早かったのかと思いつつ、何だそのかわいいのはと心の中で思っていた。内心妹でも出来たかのような気分だ。
席に着くと、今度は前と同じように姫奈が前に座ってまた向かい合わせで食べることになった。今日の夕食はカレーライスだ。
口に入れてみると辛口ではなく甘口で、コクがあり色んな野菜が入っていて食べやすく美味しい。
今まで彼女の料理を食べてきて外れはなく、どれも元は料理が苦手とは思えないほどの出来だ。
まだ頬を赤らめながらも「美味しい?」と聞いてくる姫奈に、自分は小さく頷く。
(その顔で聞かれてもなぁ)
自分の顔まで赤くなってくる。やっぱり向かい合わせは向かい合わせで恥ずかしいし、視線の置き場に困る。
カレーの美味しさよりも目の前の彼女の光景の方が気になって恥ずかしさが勝ってしまっていた。
☆☆☆☆☆☆
カレーを食べ終わり、自分で使った皿と姫奈の分の皿を片付けることにして皿を洗う。
今日は色々と仕事が長引いたため、姫奈には先にお風呂に入ってもらっていた。こういうことも度々あり、彼女には家の事を何から何まで任せきりにしてしまっていて、家政婦でも雇っているかのように何でもしてくれているため申し訳なさが大きい。
どんなに帰りが遅くても姫奈は一緒に食事を共にしてくれるため、一人で静かに食べるより他の人と会話したりしながら食べる方が合っていると気づいた自分はとても幸せな気分でご飯を食べられている。
先に食べてもいいよと言っても食べずに、お腹が減っていても赤の他人の事をちゃんと待ってから食べることにする彼女の選択がとても嬉しい。
一人で食べている時は何とも思わなかったが、今では寂しかったんだろうなぁっと昔の自分の事を思うぐらいには姫奈との食事に慣れてしまっていた。
出来るだけ今は皿洗いに集中するのを心がけているので極力下を向いているが、カウンター越しから見えるイスに腰かけている姫奈が上を向いた時にチラチラと見える。
今日は何だかぎこちなさそうに下を向いていて、彼女は時々チラチラとこちらを見ているようだ。
どうしたんだと気にはなったが、気にせず皿洗いを続けることにした。
皿を洗い終わってお風呂に入ることにしてイスに腰かけている姫奈に話しかける。
「ふんじゃ、お風呂入ってくる」
「うん」
彼女はこちらを向いてから頷いて、さっき夕飯を食べている時には戻っていた白い肌の顔が、また再度ほんのりと赤く染まってきているように見える。
(どうしたんだ?)
そう思ったが気にせずそのままキッチンから風呂場に向かおうとすると背中から軽い衝撃を受けた。
それから、背後から二本の腕が出てきて自分の腹の前で交差する。
「姫奈!?」
「んん……」
どうなったかというと、後ろから姫奈に抱き着かれたのだ。いわゆるバックハグというやつだ。
急に抱き着いてきたので当然驚いたが、昨日のハグはしょうがないとして姫奈自らがハグをしてくるなんて思ってなかった。
同居しているとはいえまだまだ赤の他人だし、親しいとしても異性に抱き着くというのは考えてみれば少しながらの抵抗があるものだ。
でも、今の状況を考えればその考えは合っていないようで、どういうことなのか非常に疑問に思えてくる。
「ど、どうしたんだ?」
「い、いや、スマホ触ってたら、ギューをすると安心感が増すって流れて来たから、まだ完全に傷が癒えたわけじゃないし、私のサポート役の湊斗くんにはこれから私と定期的にギューしてもらうことにした」
微かに震えている声を後ろから受けながら、やけに心臓の鼓動が激しくなってくる。
(定期的に……?)
今の状況でさえ姫奈の体温が伝わってきて、体のどこの部分が当たっているかが分かるぐらいには彼女が抱き着いてきており、危ういのにこれが定期的にくるようになったら理性がおかしくなってしまうかもしれない。
維持隊としての忠誠は誓っているものの、所詮は思春期の男なんだから……
「……なんで、後ろからなんだ?」
「初めてだし恥ずかしいから。顔が赤くなってるの見られたくないし、ギューが終わったらそのまま振り向かずにお風呂に行ってね?」
「わ、わかった」
姫奈は顔を背中にうずめていて若干声がこもっているようにも聞こえるが、その声も優しくて子供っぽくまるで甘えられているかのような気分だ。
(声も行為も反則なんだよなぁ……)
ひとつ間違えると襲いたくなるのが否定できない。彼女の事をかわいいって思っているし、良い人なのでもうこの状況を止めてくれている自分の理性に感謝だった。
「湊斗くんは、私とギューするの……いや?」
「い、いや、そんなことないけど……」
ねだる様な声で言われればもう断ることは出来なかった。彼女が安心するなら最初から断るつもりはなかったが、あくまで彼女のサポート役としての権限を持って異性と触れ合えている自分が少し嫌だった。
そのままどれくらいたったか分からないくらいには、彼女が抱き着いていたように思えた。