31 次の日、
「むっ……」
タイマーの音にうなされながら、キンキンと切り詰めた寒い空気の中体を起こし、ベットから出てタイマーのスイッチを切る。
いつも通りの朝。だけど、いつもと気持ちが違っていて何だかホッとしている。
今日はいつも以上に寝れたみたいで気分がいい。きっと、感じていたモヤモヤがとれたからだろう。
昨日の事を思い出すと姫奈とだいぶ距離が縮まったようで、本当に嬉しくて自然と頬が緩くなるぐらいににやけてしまう。
その反面、抱き合ったり、頭を撫でたりと、色々と体を寄せ付け合ってしまって、今となっては少々恥ずかしい。
でも、やった行為に後悔はない。自分が意識しないぐらいにはやろうと思ってやった行為だったし、最終的にはそれが答えとしてあっていたと今は思える。
逆にあの状況で何も出来ずに女の子を放っておくなんて出来なかったし、姫奈の方からも体を預けてきたわけだからよかったのだろう。
別に変な気持ちでやったわけでもないし。
本当に相談してよかったと思えている。自分としては最初不安だったが、今ではちゃんと彼女の気持ちを少しは晴らすことが出来たんじゃないかって思える。
最近は最初と違って、姫奈は自分と同じように起きてきてくるようになっていたが、泣いて疲れたのかまだ寝ているようだ。
きっと今は子供のようにかわいい顔をして寝ているのだろう。
今日も生憎学校だったため、眠気覚ましに顔を洗って、いつも通り準備をしてから朝食を作ることにする。といっても、作る程度の物ではないんだが。
今日は、ご飯とみそ汁に弁当の残り物だ。彼女も朝はあまり入らないタイプなので、あまりがっつりには作らずにこのくらいがちょうどよかった。
朝食をテーブルの上に並べている時に姫奈は部屋から出てきた。今日も相変わらず、髪型が崩れておらず、かわいい羊の模様が施されたパジャマを着ている。
「おはよう、湊斗くん」
「おはよう。ちゃんと眠れたか?」
「うん、眠れた」
んんぅと喉を鳴らし、目をこすりながら部屋の前で立っている姫奈は、気が抜けていて無防備だ。
自分と同じく彼女も朝は弱い。こんな姿を見るのには慣れてしまっていたが、前と違ってタメ口になったということもあり、普段は上品だった彼女が今日は一層子供のように感じられる。
「顔洗ってくる」
「いってらっしゃい」
そう言って洗面所に去っていった姫奈の姿を見てから、自分は朝食を並べるのに戻る。しみじみと今感じているのは、昨日に引き続き本当に今日も彼女がタメ口で話してくれていて、今まで敬語でしか話す姿を見ていなかった自分にとって、自分だけが特別になったみたいでどことなく頬が熱くなってくる。
敬語で話していた時と違って話し方がきっちりとしているわけではなく、力が抜けていて何だか見えない壁が崩れたような感じだ。
今の彼女の声は、少し幼くなったような優しい声で女の子らしい。
前以上に姫奈との壁が薄くなったみたいで自分としても話しやすくなって、姫奈とはもっと仲を深められそうだ。
そんなこんなで朝食を並べ終わり、姫奈が戻ってくるまで自分は席で待っていることにした。相変わらず部屋は男らしく、カーテンもまだ変えてなくてベットとたんすしかない。
(そろそろソファとか買いたい頃だな……)
部屋にスペースはあるしお金にも余裕がある為、十分に買える条件は揃っている。基本的に食卓のテーブルで、作業をしたり姫奈と会話していたりするため、それだとやけに堅苦しくて、毎日新鮮味がないというか、居心地が悪かった。
ソファを買えば姫奈も少しはリビングでくつろげる場所が出てくると思うし、気持ちも安らぐと思う。
これは彼女と要相談だな。
そんなこんなで、姫奈は洗面所から戻ってきた。さっきの寝ぼけていた顔とは違いすっきりとした顔をしている。
そのまま自分の前に座るのだと思っていたが、彼女は普段とは違う行動をした。
自分の前に並べてあった朝食をわざわざ自分の隣に移動させて、流れ作業のように自分の隣に座る。
「え、どうしたんだ?」
いつもは目の前に座って向かい合わせで食べているから結構困惑している。
一体何があったというのか……
「今日は湊斗くんの隣で食べる」
「それは見たら分かるけど」
「昨日、あれだけ泣いちゃって向かい合わせで食べるのは恥ずかしいから。あと湊斗くんの隣にいると安心する」
「そっか」
確かに人に泣いている姿を見られたら恥ずかしいものだし、時間がたってから面と向かい合うのも視線が合わせにくいものだ。
すんなりと安心すると言われて、ドキッとしたが彼女がそう思うならそれがいい。
何だか前に人がいないなんて変な感じだが、少し前までは気にせずに一人で食べていたので、そう感じるのはもうとっくに姫奈との生活に飲み込まれてしまっている自分がいるからだろう。
「いただきます」
「いただきます」
そう言って、二人で同時に手を合わせて朝食を食べることにした。
「今日も美味しい」
「ありがとう」
そう言って隣でパクパクと食べ始める彼女を見ながら、いつもとは違う雰囲気で少しぎこちなくなってしまう。
近い。隣で座っている彼女の体温が、くっついてはないものの肌越しに伝わってきてやけに暖かく感じる。
緊張していて、体の内側から熱が沸きあがってきているのもあるかもしれないが、人特有の温もりが明らかに感じられる。
姫奈は姫奈で少し顔を赤くしながら食べているように思える。テレビなんてないので喋らなければ物静かなもので、一緒にいると安心するとは言われたものの初のシチュエーションにお互い緊張気味のようだ。
「湊斗くん」
「なんだ?」
「私のタメ口おかしくない?」
「おかしくないぞ。前よりもずっといい」
「そっか」
そう言って、彼女はにっこりと微笑む。
「なんだか慣れないけど、前よりもずっと話しやすいな」
「そっか……今の姫奈の方が前よりもずっと女の子らしいぞ」
「そう?」
「うん」
「そっか」
そう言って、彼女は少し頬を赤くして「えへへ」っと言ってニヤける。
(なんだこのかわいい生き物は)
そう思いながら朝食を食べた。