30 女神様なんてただの……
「うわぁぁぁぁぁぁぁん」
部屋中に子供のような大きい泣き声が響いている。苦し紛れに泣いているんじゃなくて、恥を忘れて大声で泣いていて、今まで溜めこんでいたものが一気に放たれているようだ。
姫奈は服を強く握っていて、その仕草が一層自分の胸を締め付けてくる。
(こんな泣き方するんだな)
今まで我慢してたんだなって胸が苦しくなってきて、自分が意識しないうちに今度は彼女の頭を撫で始めている。手を繋いでいるだけじゃ足りないくらいに、今は彼女のことを大切にして見守ってあげたい気持ちだ。
姫奈の髪は実際に手で触ってみると摩擦を知らないかのようにさらさらとしていて、一層そこに彼女の努力が感じられてまた胸を強く締め付けられる。
もう自分でも耐えられないくらいに体の底から熱いものが沸きあがって涙腺を刺激してきていて、目元がジーンと熱くなっている。
(早く気づいてあげれなくてごめん。苦しかったよな。もう少し、事件の前から姫奈の事に気づいてあげられていたら)
こんな事を思ってももう遅いが、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで早くに行動できなかった自分が悔しい。
こんなにいい子を守ってあげられなかっただなんて……
そのまま涙が出てきそうなのを我慢しながらも、泣きじゃくる彼女を見守っていた。
☆☆☆☆☆☆
もう彼女がどれくらい泣いていたのか分からないくらいに、自分の中では時間が過ぎ去っていた。
胸の中にいる姫奈はもう泣き止んでいて、顔をうずめたまま泣きじゃっくりをしていてその場を動かない。
赤ちゃんをあやすように背中をトントントンとするのに加え、そのまま彼女の頭をもう一度撫で始めたら彼女は微かに顔を上げて反応する。
「落ち着いたか?」
「はい……」
「無理しなくていいんだぞ?」
「大丈夫です……もう少しこのままでいさせてください……」
「分かった」
苦し紛れにつぶやいた姫奈はそのままの状態で、彼女の吐く息が胸から伝わってくるくらいにゆっくりと呼吸をしている。
今は自分の背中に腕を通していて完全に抱き着いてきている。どうしてこんなにも男の自分にここまで出来るのかが不思議で頭が混乱してしまう。
(なんでここまで俺には……)
「姫奈ってさ、本当は家事とか得意じゃないよな」
そう言うと、彼女はビクンと体を震わせる。
「どうして分かったんですか……」
「姫奈が料理を作ってるとこ見てるとさ、なんとなく最初っから出来た人のようには思えないというか、努力して無理やり自分を作り上げた感じが伝わってきて本当は不器用なんじゃないかって」
「くっ……」
見通されたかのように喉を鳴らした彼女は、背中に絡めている腕をより一層強くして抱きしめてきて自然と体が密着していく。
「さっきから、その優しい声ずるいです……」
まだまだ通常に戻らない姫奈の声はかすれていて弱々しい声だ。話すたびに胸に吐息が感じられるので、より一層姫奈の感情が伝わってくる。
「だって、今は姫奈の事、優しくして上げたいもん」
「……普段から優しいですよ」
「そんなことないよ。俺もちゃんと男なんだからさ」
「分かってますよ……」
そう嘆いた姫奈は、その言葉に反対するようにまた自分のことを強く抱きしめてくる。
「もう一つ言いたいことがあるんだけど、いいか?」
「……なんでしょうか?」
「姫奈って本当は敬語使わないよな?俺にもまだ猫かぶってる」
「むっ……さっきから湊斗くんに見通されてばかりで変な感じです……」
さっきから自然と反論せずに素直に認めている所が、反論する気力のないほどに分かってほしいんだなっていう気持ちの表れなんだなって思う。
一緒に暮らしている身分として、すぐには皆に素にならなくても自分だけにはありのままでいてほしかった。
「変なこと言うけど、俺の前だけでもいいから素でいてくれないか?俺の前でも女神様はしんどいぞ」
そう言うと彼女は顔をあげて自分の目をまっすぐと見つめてくる。
「……分かりました。でも、湊斗くんだけですからね……」
(っ)
ドックン……
心臓が一気に跳ね上がる。涙で潤った瑞々しい瞳に頬が赤く染まっており、その顔が一気に説得力を増せていて、体が密着した状態で自分だけなんて言われてしまったので、顔が赤くなってくる。
(しょうがないけど、姫奈もその言い方は十分ずるいぞ……)
「湊斗くん、顔が赤くなってるよ」
「っつ……しょうがないだろ……」
目の前でニッと口を緩めて笑った姫奈は、どこか無邪気な子供のようでかわいい。
彼女の口から自然とタメ口がでてきて、前とは違って違和感がなく、自然な姫奈のままのようで前よりも数百倍いい。
そのまま姫奈の目をしっかりと見つめながら、微笑みかける。
「どうして姫奈は、そんなに俺に心を開いてくれるんだ?」
「湊斗くんは他の男の子と違うから。他の男の子は、薄っぺらくて何も考えてないように私に近づいてくるけど、湊斗くんは最初に会った時から私のことをちゃんと考えてくれて接してくれてるって思えたし、一緒にいて楽しいって思えた」
「……それは俺が人を助ける身分だから親身になってるって思わなかったの?」
「最初は思った。でも日に日にお見舞いに来てくれるようになって、しまいには忙しいのに毎日のように来てくれるようになっていたでしょ?その度に私のことを笑顔にしてくれていたし、優しくて話しやすい人だなって思って、いつの間にか湊斗くんのことを待ってる自分がいたんだ。こんなにも思えたのは初めてだし、湊斗くんといると安心するよ」
「そっか」
そう言った姫奈は自分の目の前で口元を緩めて、ニコリと笑った。
今更ながら、少しでも彼女の役に立てていたことが嬉しくて顔がキーンと熱くなってくる。
最初は暗い彼女の事を笑わせてあげたいって思っていて、色々と工夫して変なことを言っていたかもしれないけど、それを彼女は笑ってくれて嬉しかった。そんなことが重なってもっと姫奈の事を見守ってあげたいって思えていた。
別に彼女に限っての話じゃなかったけど、彼女はどことなく特別だった。自分のつまらない話もちゃんと聞いてくれていて一緒に笑ったからだと思う。
その気持ちが彼女に十分に伝わっていて嬉しかった。
「これからも俺がちゃんと姫奈の事を見守ってるから。何があってもちゃんと守る」
「うん、ありがとう」
そうやって小さく頷いた彼女の後ろに腕を通して、小さくまた微笑えみながら彼女のことを抱きしめた。
この話で二章は終わりです。ここまで読んで頂いている皆さん本当にありがとうございます。ブクマと評価も嬉しいです。