28 おなごの追及
「湊斗くん何してたん?」
「い、いや何もしてないですよ」
何もしてなかったと言えば当然嘘になるが、この場で正直に話せば確実に二人に押しつぶされてしまう。
まるで、犯罪者を見るかのように目を細めて小林先輩がこちらを見てくる。地味に声のトーンが抑え目なのが怖い。
(そんな目で見ないでくれよ……)
怪しいことをしたのは自分だが、うん、いやそんな目で見てしまうのもしょうがないのか……
確かに自分の行動を振り返れば、女性の会話を裏で聞いていたのだから明らかに盗聴だし、犯罪者みたいな事をしていた。自分としては何を話しているのか興味本位で聞きたかっただけだが、そこの思考がダメだった。
今となっては姫奈の事でいっぱいで、他の事に頭が回らないくらいには彼女の事を考えている。姫奈の事を良くしてやりたいし、何を考えているのか知りたい。
そう思っているからこそやってしまったんだと思う。これを自分で考えて結論を出すのは少しおかしい事だと思うが……
小林先輩の隣にいる姫奈は、何も気にしていないようで相変わらずニコニコしている。
「私も一応プロなんだからさ、湊斗くんが何かしてたことぐらい分かるよ?まぁチマチマと裏で話聞いてたんだろうけどさ」
「はぁ、」
とまぁ的確に当てられてしまった。机に肘を置きながら顎に手を当てて、謎にニヤニヤしながら話された所がやけにウザい。
普段からテンションが高くていじってくる小林先輩に当てられたのだから尚更だった。
今の自分は何だかイライラしてしまっている。盗聴していたのがバレたのと、姫奈の事と小林先輩がいるのとでモヤモヤしている。
何だこの気持ちは。全部自分が悪いのに。
一旦、深呼吸をして気持ちを入れ替えることにする。ふぅと息を大きく吐くと、姫奈がどうしたのかと眉を下げて心配そうにこちらを見てくる。
「いや、まぁ興味本位で気になってしまっただけで、本当にごめんなさい」
「私は別に大したこと話してないし良いんだけど、姫奈ちゃんがどう思うかねぇ……」
「私も別に今何も気にしてませんよ」
「そっか。でも本当にすみません」
深々と頭を下げて、二人に謝る。
二人は普通の顔で大丈夫だと返してくれたが、これが自分にとって二人からの信頼を大きく失ってしまったのでないかと思い、大きく心にのしかかってくる。
今思えばやってしまったことは思った以上に重大だし、女子の会話を聞くなんて明らかに気持ち悪い。
全部自分が悪いし、やってしまった自分を大きく責める。
それからその話は一旦落ち着き、小林先輩は姫奈の手料理を食べたかったみたいで、幸せそうに姫奈の料理を食べてから満足そうにしていた。
☆☆☆☆☆☆
「ふんじゃ、私もう帰るね。姫奈ちゃん、料理すっごく美味しかったよー!もう店でも開いた方がいいんじゃない?」
「そんな大げさな、私はまだまだです」
「またそんなこと言っちゃってー、湊斗くんが羨ましいはぁ。私と一緒に住んでくれないかなぁ」
「あ、い、いえ、そ、それは……」
「冗談よ冗談冗談。湊斗くんも姫奈ちゃんがいないと困るよねぇー」
「ですね」
小林先輩の問いかけに姫奈が若干息詰まったが、それが何だか安心したというか少しドキリともした。
自分と暮らすのが嫌じゃないって思う所が感じられたからだ。
自分も姫奈がいないと困る部分は色々とあるし、前よりかは出来ることが少なくっていっているような気がして焦っている所もあるんだが……
「お見送りしますね」
「いいよいいよ。というか少し湊斗くんと話したいことがあるから姫奈ちゃんはここで大丈夫よ」
「そうですか」
(え?)
話したい事?一体何だ?
そう言った小林先輩に玄関先まで連行された。
☆☆☆☆☆☆
小林先輩が壁に背中をつけ、もたれながら腕を組む。
「はぁー、君も妙な事をするようになったねぇ。前の湊斗くんとは何だか違う気がするわ。まだ一緒に住み始めてから二週間ぐらいしか経ってないのに」
「いや、まぁ、確かに……」
「さっきの事もきっと、何か思うことがあってしたことだと思っているわ。真面目だし普段あんなこと絶対しないタイプだって分かってるから」
「そうですか……」
「うん」
小林先輩の問いかけに、自分はやけに息詰まって流されるしかなかった。彼女が言っていることが本当だと思う反面、自分がただ変な気持ちで聞いたのかもしれないと思うところもあってモヤモヤしていた。
今の小林先輩はやけに落ち着いていて真面目な雰囲気だ。
「何かあったらいつでも相談してよ?私普段は、テンション高いって自覚してるけど芯は真面目なんだから」
「分かってますよ。何でも相談させていただきます」
「よろしい」
「何か小林先輩で姫奈の事について気づいたことはありますか?」
「んーそうねぇ」
小林先輩はさっきまで組んでいた右手を顎に当て、下を向いたままその場で考え込む。
「私から見てると姫奈ちゃんって敬語使うタイプとは思えないんだよねぇ」
「え、どうしてですか?」
「女の感ってやつ?」
彼女の口から意外な言葉が出る。感なんて言っているがふざけているようには見えず、さっきまでと同様、真面目で顔の表情が一ミリも崩れていない。
(敬語を使わないタイプって……)
至って当たり前のように姫奈は敬語で話すのでそんなことは気にならないが……
今まで考えたことがない事が出て、自分の表情が一気に硬くなる。
「湊斗くんも流されているんだと思うけど、姫奈ちゃんって学校では女神様って呼ばれているでしょ?その分彼女は猫をかぶっていると思うの。本当は見栄を張っているだけで、弱い子なんだと思うわ」
その言葉を聞いて度肝を抜かれたようにハッとなる。
確かに言われてみると分からなくもない。ここ最近で分かった事だが、姫奈は家で子供っぽい仕草を見せることが多いし、家事をしている時などに時々暗い表情をする。確かに女神様と言われている割に言葉や考えでは伝わってくるが、行動や仕草には女神様と伝わってこない部分がある。
自分も小林先輩を同じように右手を顎に当て、考え始める。
「俺の前でもまだ……」
「湊斗くんならここまで言えば分かりそうね」
そう言って、小林先輩は「ふんじゃーね」と元のテンションに戻り上機嫌で家を出て行った。
とりあえず、自分も手を振って送り出す。
(小林先輩も妙な事をするな……)
小林先輩が去っていくのを不自然に目を細めながら見ていた。
(これからどうしようか……)
なんとなく姫奈が何を隠しているかは、小林先輩の話を聞いて分かった。さっきまでのモヤモヤが晴れたような気がするし、この話は自分にとってとてもありがたかった。
でも違うモヤモヤが出てくる。今のうちに彼女と相談がしたい。彼女がもし、まだ我慢している部分があるのなら今のうちに解決しといた方がいい。
(緊張するな……)
そうして、震え始めた手でリビングのドアを握った。




