27 家に帰ればおなごがふたり……
ひんやりとした空気を感じ、もう真っ暗な帰り道を一人で歩きながら考えていた。
前々から感じていた謎の違和感。それを生で指摘され直面した今、自分では今すぐに何とかしなければいけないと分かっていても、どうも動くことが出来ない。
そもそも、姫奈のどこを突けば彼女が自分の前でも弱点を出してくれるのか。無理に他の男に接しさせても、彼女に無理させるだけだ。
いわゆる人間不信というもの。特定の人だけのものだが彼女にとっては随分と生きにくい世界だろう。
生まれてきただけで、何の罪もなく人の都合だけで痛めつけられ、挙句の果てにはその傷が何年も残ってしまう。
こんなむごいことが世の中では沢山起こっているのだから、本当血管が浮き出てくるほどに怒りを感じる。
自分自身、両親は他界してしまったものの深い愛情の中で育てられてきた事は自覚している。それは本当に感謝でならない。
でも、親に愛されて生きてきた自分じゃ姫奈の気持ちをちゃんと理解してあげられるのか不安だ。
(どうすればいいんだ……)
いつの間にか顎に手を付け、眉間にしわを寄せ深く考えながら歩いていることに気づき、ふと周りを見渡してみると、眩しい色とりどりの光が町を彩り華やかな飾りが所々にあるのが入り込んできた。
(もうクリスマスの時期か……)
クリスマスは毎年のように、祖父母がクリスマス会のようにパーティーをしてくれて豪華な食事やケーキを用意してくれていた。
二年前ほどから一人暮らしを始めて、クリスマスとは縁のない生活になってしまっていたが今年はそうとはいかないようだ。
姫奈の違和感についてもクリスマスまでには解決しておきたいところだ。
(せめてもプレゼントは何か考えないとな……)
自分にセンスなんて微塵もないと思うが、一緒に暮らしている分、姫奈には感謝の気持ちを込めて何かを送りたい。
何にしようかと考えながら、スタスタと歩いていたらいつの間にか住んでいるマンションについていた。いつも通り部屋の鍵を開けて中に入り靴を脱ごうとしたら、いつもとは違い女性の笑い声が聞こえてきた。
何とも聞き覚えのある高い声。こんな声の人は家にはいないし、明らかに一人しかいない。
(小林先輩……?)
何だかこちらのテンションが一気に下がったのは気のせいではないようだ。一体何をしに来ているんだ?
姫奈が迎えてくれる生活に慣れてしまったせいか、他の人が家にいることに何だか嫌悪感を感じてしまった。前まではこんな風にはならなかったのに。
なんだか気まづいなぁと思いながら目を細めて、靴を脱ぎ静かにリビングの前の扉にいけば女性二人のシルエットが、波々のガラス越しに見える。
話をしているようだが、興味本位で彼女たちの会話を聞いてみることにした。
「それでさ、どぉ?湊斗くんとの生活は?」
「特に問題もなく普通ですよ。というか、湊斗くんに助けられてしまっている部分が多いと感じています。逆に自分が怠惰になりそうで……」
「まぁ湊斗くんは何でも出来るからね~確かに私が湊斗くんと暮らしたら何にもできなくなるかもー」
(そんな風に感じていたのか?)
実際、自分が彼女にやってあげているという感覚はない。むしろお世話されているという感覚が強すぎてこちらこそ助けられているまでだ。
確かに助けようと必死になっている部分があるが、そんな特別な事をしてあげているわけではない。
今の姫奈の意見は意外だった。
「それでさ、ちょっと変な話するんだけどさ……」
「はい。なんでしょう」
「湊斗くんのこと怖いと思ってる?」
っ!?
小林先輩の発言に少しだけ、目が覚めたような感覚に襲われる。
(小林先輩も気にしていたのか?)
少し抑え目な口調で言った小林先輩は、普段のテンションとは違って落ち着いた雰囲気が感じられるものだった。
彼女は彼女で捜査している時は、とてつもなく真面目でさすがと言ってもいいほどの洞察力で人の心を見抜いている。
きっと今も平然を装いながらも、心の中では鬼のような瞳で姫奈の事を見ているのだろう。
小林先輩の口から気になっていたことが言われると思っていなかったので内心ドキドキして驚いている。
周りが気になるほどに姫奈の違和感は大きいものだという事だろう。それを今まで気づきながらも言えなかった自分は完全にヘタレだ。先を越されるとは完全な失態だ。
姫奈の答えが気になる。一体どう思っているんだろう。
「湊斗くんの事を怖いだなんて思っていませんよ。最初は少し恐怖心がありましたが、お見舞いに来てくれるうちにこの人は何だか他の男の人とは違うって思いました。男らしい部分はありますが、どことなく優しい雰囲気で私の事をちゃんと気遣ってくれて助けてくれます。彼といると安心するぐらいです」
「そうかぁ。それなら良かったんだけど」
ふぅ……
吐息が漏れる。安心した。逆にそこまで思っていてくれていたのか。姫奈に何かしてあげようと必死に考えてきたつもりだが、異性と関わったことがない自分に取って彼女の傍にいることは不安な部分があった。何かしてあげられているのか、厄介になっているんじゃないかと考えたまでだ。でも姫奈は自分といると安心すると言ってくれた。
その言葉が嬉しかった。そこまで言ってくれるのかと。自然と肩の力が抜ける。
なんとなく一つの目標が成し遂げられたような気分だった。
(やべーなんか涙出てきそう)
自分はまだまだだが、そのまましばらくの間感慨に浸っていた。まぁこれが迂闊だったんだが。体の力が抜けた勢いでツルッツルのフローリングに足元が絶えれなくなり、そのまま尻から崩れ落ちてしまった。
ガコンッ
(痛っ……)
「え、何今の音」
小林先輩の声が聞こえてくる。これは非常にまずい状況だ。
でも、何だか力が入らなくてすぐにその場から動けない。
ガチャリ
「あ」
「あ、どうも」
リビングから出てきたのは姫奈だった。お互いに呆けた声が出てしまう。姫奈の方は口をポカンと開けて何やら頭が回っていないような様子だ。
「み、湊斗くんいたんですか」
「あぁ、まぁちょうど今帰ってきたところです」
「え?いや、嘘ついてますよね?顔に出てます」
「なんで!?」
今度は何やら目を細めて「怪しい」と言わんばかりの顔をし始めた。そんな顔で見られたら泣くよ!といった感じだ。
(いやなんでバレるんだよ)
本当、自分の顔がどうなってるのかとこのまま鏡と向かい合いたい気分だ。
全く、どこがいつもと違うのか分からない。
それから彼女は手を貸してくれて、立ち上がってリビングに連行となった。