01 傷だらけの少女
(一体、何があったんだよ)
視線の先には少女がいる。でも様子がおかしい。
西園寺湊斗が駆け付けた家で発見した蹲る少女。
その体は全身が傷だらけで痩せ細っていた。
☆☆☆☆☆☆
今年高校一年生となり一人暮らしを始めた湊斗は故郷を離れ、遠く離れた高校に進学した。
進学して半年が立ち、異郷の地での生活には慣れてきたものの高校では皆と馴染めずにいた。
というのも、湊斗自身のある制約で馴染もうにも馴染めなかったからだ。
普通に進学していれば皆とワイワイ過ごして誰もが夢見る希望に満ち溢れた高校生活なんてことが送れていたのかもしれないが、出来ないのが現実だった。
その制約のせいで今では陰キャなんて言われ、陽キャや一般人にまでもなれない状況だ。
言葉一つで人の身分みたいなものを決められてしまう恐ろしい言葉で、今やクラスの底辺として夢にまで見た高校生活とかけ離れた生活を湊斗は現在送っている。
だが、湊斗にとってこれは後悔ではなかった。むしろ自分でこの状況を了承し選択した道だからだ。
それは湊斗が現在所属している「治安維持隊」に入隊することだった。
治安維持隊とは数十年前世の中が荒れ、暴力や性犯罪などが流行した頃設置された警察とはまた違った組織だ。
今では国が定める「治安が安全に維持される水準」を超えた治安が不安定な場所に設置されている。
警察よりも服装が身軽で機動力が高く、今や治安維持隊が設置されている地域は警察よりも高い評価をされるほどの組織にまで成長している。
治安維持隊は原則十八歳以上しか入隊を許可されておらず、高校一年生の湊斗では入ることが本来は許されていない。
しかし人員不足で悩んでいた治安維持隊は高校生以上に年齢を引き下げようしており、そこで入隊を強く希望した湊斗で試して、うまくいったら引き下げてみたらどうではないかという事になり、湊斗の入隊の許可が下りた。
現在、湊斗は治安維持隊の四番隊に所属している。
湊斗が治安維持隊に入った理由は、昔から正義感が強くニュースで人が亡くなっているのを毎日見るのが嫌で、いち早く自分が人を助けられる身になって一人でも多くの人を救いたいと思ったからだ。幼少期に治安維持隊の存在を知り、警察よりも憧れのものになっていた。
だがしかし、そこで湊斗にある制約が課された。
それは「絶対に治安維持隊に入隊していることをバレてはいけない」というものだ。
この湊斗の入隊は極秘であり、本来十八歳以上の治安維持隊に、それ以下の者がいるとバレたら世間的に大炎上することになる。
だから湊斗は本当の正体を隠すために学校で苗字を変えて変装をしている。そのせいで、湊斗はクラスメイトからハブられ気味にあった。
具体的には、学校で苗字の「西園寺」を「佐藤」と名乗り、普段の顔がバレないように黒縁のメガネを掛けて生活している。
ここまででは当然すぐに陰キャと言われることはないのだが、用心深い湊斗は少しでもバレるリスクを減らそうとして、人と関わることを極力控えていた。
だからどんどんクラスで取り残されるようになり、最終的には陰キャとまで言われるようになってしまっていた。
自分の夢を追いかけて掴んだ道にあった、避けたくても避けられない大きな障壁だった。
☆☆☆☆☆☆
そんなある日の事、湊斗は通報を受けて町の中にある一軒家に駆け付けていた。そこで発見した一人の少女。
構えていた銃を下ろし、少女のそばまで向かう。
少女はボロボロだ。
肌が露出している部分から分かるように、切り傷とあざが所々にあり、全体的に肉が付いておらず皮と骨といっていいほどの痩せ具合。
白いワンピースを身に着けていて所々に血が滲み出ており、ワンピースの白さが血の赤さと対比して事の残酷さを物語っている。
黒髪の長いストレートヘアはボサボサで所々がちぎれているように見えて、息はしているのに不思議と瞳には色がない。
男が暴れていると通報を受けて来たが、男は一階で一暴れしたあげくに死んだようだった。家中荒らされていて、足の踏み場に困るほど物が散乱している。
虐待だ。今まで様々な子供たちを見てきた湊斗には一目でそれが分かる。
体の大きさ的に湊斗と同じ年齢の女子。小学生とも大学生とも見れないので思春期真っ只中の楽しい時期の子だろう。
別に年齢、性別に関係のない事だが同世代の湊斗にとっては、より一層感じるものがあった。
容赦なく降り注ぐ現実に目を退けずに向き合わなければならない毎日だ。
「大丈夫ですか?分かりますか?治安維持隊です」
少女と目線を合わせて話しかけてみるが、少女は下を向いているし、話しかけても返事がない。ショックが大きくて話せないのだろう。
そこに下で捜査をしていた四番隊隊長、矢田浩二が部屋に入ってきた。
隊長は少女を見るなりいつもと同じ様子でやるせないように目を細めた後、少女に駆け寄ってしゃがみ少女と目線を合わせる。
「大丈夫かい?」
隊長が話しかけても結果は同じで、少女からの返事はない。
普段からこういう子たちを見てきているがいつになっても慣れない状況だ。
「可哀そうに。西園寺、救急車を」
隊長は少女の頭を少しの間撫でた後、救急車の手配を湊斗に頼む。
湊斗はうなずいた後、腰に掛けてある携帯を手に取り119番をすることにした。
と、ふと部屋を見てみると壁に見覚えのある服が掛かっている。いつも学校で湊斗が見かけているものだ。
(あれ俺が通っている高校の制服じゃないか)
こんな子いたか?とつい考えるが、少女を見てみても湊斗にとっては見覚えのない顔だった。
しばらくたってから救急車のサイレンが遠くから聞こえ始め、もうそろそろつくだろうという時に隊長が口を開いた。
「西園寺。この子を下まで運んでやってくれないか?」
「分かりました」
何の警戒心もなく「少し失礼しますね」と言い、少女の背中と足に腕を通して少女を持ち上げる。
持ち上げた体はまるで何も持っていないかのように軽く、少し油断をしたら崩れてしまいそうなほど脆い物のようだった。
(何だこの体は……)
沈んだ現場特有の空気とほんのりと香る血の匂いを感じながら下についた救急車の元へ湊斗は向かった。
(はぁ、今日も気が重い)
それはやけに静まった秋の夜の出来事だった。