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26 先生から呼び出し

「湊斗くん、少し来てくれるかな」


 聞き慣れた、低くて温かみのある声が午後の静まり返ったクラスに響き渡る。

 突然の呼び出しで、勉強をしていた手を止め、とっさに顔を上げてその人の方を向く。

 授業中に呼び出されるなんて滅多に無い事だし、突然のことで困惑している。


 藍住隊員は、自分のクラスの古典の授業を受け持ってる。普段とは違い、学校ではきっちりとスーツを着こなしており、いかにも律儀な先生といった格好をしている。他の先生は私服なのに。

 

 もう少しで冬休みということで、もう授業自体は終わっており自習の時間になっていた。


 先生が藍住隊員ということで、普段は騒がしいクラスも皆が集中して勉強に励んでおり、紙に書くコンコンコンコンという音しかしていない。

 普段、優しくてふざけていても注意しない先生がいるが、藍住隊員は皆から慕われていて、優しくてもこの人の前ではちゃんとしなければいけないという雰囲気があるから、皆、真面目に取り組んでいるのだと思う。


 クラスの奴らは、自分が呼ばれた事にちょくちょくと顔を上げて反応して、立ち上がるとこっちの方を向いてくる。

 普段呼ばれることのない陰キャが皆に人気の先生に呼ばれたのだから、何かやらかしたんじゃないかとニヤニヤしているわけだ。


 藍住隊員は、自分の事を呼んだ後に廊下に出て行く。

 自分もその後を追って廊下に出ていくが、途中、クラスメイトからのニヤぁとした視線を横から感じて嫌な気分だ。


(はぁ、いずれなぁ)


 教室を皆の前で抜け出す時のあの気まずさ。もっとこっちを気にせずに、自分の勉強に集中してほしいものだ。


 そう思いながら、廊下に出て藍住隊員の前に立った。


「どうされましたか?」

「あぁ……その前に湊斗くんも大変だね」

「どうしてですか?」

「私から見ても分かるよ。クラスの皆には随分と苦労しているようだね」

「そうですねぇ」


 「全くだねぇ」と藍住隊員が謎にニヤケている。何だか困惑してしまって、引き気味になって横を向く。

 

(急になんだよこの空気)


 普段藍住隊員がニヤつくことなんて、滅多にないので何だか慣れない。どうも今日の藍住隊員は普段と違うようだ。


「まぁ湊斗くんは気にしてないようだけどね。実際彼らよりかは普段凄い事をしているから、いつか見返す時が楽しみだね」

「ですね」


 今度は何だか誇らしげに、語りながらウインクをしてきたので、あまりの普段との変わりように困惑は増すばかりだった。


(いや本題はなんなんですか藍住さん……)


 謎の汗が顔を伝るのを感じていたら、今度は真面目な表情になって自分を見つめてくる。


「まぁ、雑談はここにまでにしといて、姫奈さんのことなんだけど……」

「姫奈のことですか?」

「うん」


 先ほどまでの話題とは打って変わって、姫奈の話になる。学校で何かやらかしたことはないし、薄々姫奈の話題になることは感じていたが……


「この前、姫奈さんが維持署まで来てね。隊長と二人で話していたんだ」

「そうなんですか?」

「そうなんだ。それで、何となく二人が会話している所を見ていたんだけどね……」

「……だけど?」


 そこで藍住隊員は何かを考えているように、手を顎につけけながら息詰まった。息詰まるのに何かあったのか?と、同じく目を細めて藍住隊員を見張っていたが、まず姫奈が維持署に来ていたことに驚きだ。何の用事があって来ていたかは分からないが、隊長と何の話をしていたのだろうか。

 

「どうしたんですか?」

「いや、何となく違和感を感じたんだ。姫奈さんが少し話づらそうにしていてね」

「そうなんですか?」

「そうなんだ。何だか隊長の目を見ていなくて、視線を合わせづらそうにしていて、どことなく怖がっているように見えたんだ」

「怖がっている……?」

 

 どういうことだろうか。隊長自身、見た目は髭を生やしていて、いかにも貫禄のあるおじいさんって人で話しかけにくいというのはあるかもしれないが、話してみると見た目とは裏腹に優しいし、話しやすいと思う。今までも隊長と姫奈が話してきている所は見ているし、普通に話していてそんな様子は一ミリも感じられなかったのだが、一体隊長と何を話していたのだろうか。


「どういうことですか?」

「僕の推測だが、彼女は多分男と一対一で話すことが怖いんだと思う」

「男と?」

「そうだ。湊斗くんと僕は普段から話慣れているから違和感はないと思うが、姫奈さんは多分心を開いていない男と関わるのが怖いのだと思う」

「なるほど……」


 これは薄々自分も感じていたことだ。最初のお見舞いの時も、自分と目を合わせずらそうにしていて消極的だった。

 藍住隊員は先生なので、前から話慣れているだろうし話していて心が落ち着くような人なのでそんなに苦手意識を持つような人じゃない。

 自分は変なことを言ったりして徐々に打ち解けていったので、今では一緒に暮らせるぐらいには慣れているんだと思う。


「確かに、男に対して何かしら恐怖を感じるのはありそうですね」

「うん。隊長は話してみれば優しいと思うんだけど、見た目は男らしすぎるところがあるから、怖いというイメージを持ってしまうのはあるかもしれないね」

「そうですね。本当はいい人なんですがね」

「だな。湊斗くんに対してはどうだ?」

「普通ですね。今思えば、最初は少し恐怖を感じている所が見受けられたかなと思います」

「そうか。そこまで、彼女は傷つけられてきたんだろうね」

「ですね……」

「今、姫奈さんと一緒にいる湊斗くんは、とても重要な役割だからちゃんと彼女を見てあげなくてはいけないよ」

「重々分かってます」


 藍住隊員に肩を掴まれ、どこまでも真っ直ぐな眼差しで言われたので、期待されているのだと身が引き締まる半分、じわじわと不安が込み上げてくる。

 

「なぜ、自殺する人が助けを求めずに死んでいくか分かるかい?」

「んー、他の人には言えないほど苦しい状況に陥っていて、言う気力すらないからですか?」

「うん。(おおむ)ね合っていると思うよ。あくまで自分の考えだけどね、皆が苦しい事があったら相談してねっと言っていても、相談までたどりつける人がいないんだと思う。もう自分なんかいてもとか、このまま生きていても損しかないだろうとか、もう生きるすべを無くしてしまっている。だから、そんな人たちをちゃんと見てくれてちゃんと分かってくれる人が絶対に必要だ。自殺する人は、ある一時の憂鬱が最高潮に達して死んでしまうにすぎない。だから、そうなる前に誰かが気づいてあげて、取り返しがつかなくなる前に彼らの不安を取り除いてあげないといけない。大体、自殺して死んでいい人なんていないんだ。抱え込んでしまう人は、人に迷惑を掛けまいと我慢する、強くて良い人ばっかりなんだから」

「そうですね。深く同意します。今の時代、苦しくて一人では生きていきませんからね」

「そうだね。だから、我々が思っている以上に、姫奈さんは何かを隠しているかもしれない。女の子は言い出しにくい傾向があるから、君がきちんと彼女の事を見守ってあげて察してあげなければいけないよ」

「はい」

「湊斗くんなら、姫奈さんのことをちゃんと分かってあげて、彼女はきっと救われると思っているよ」

「ありがとうございます」


 藍住隊員の目を見てしっかりと返事をする。今の状況、彼女を一番変えられるのは自分だけだ。


「よろしくね」

「はい。僕に任せてください」


 そう言って教室に戻った。

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