23 女神様と抱き枕
「ただいま」
いつも通り我が家に挨拶をして靴を脱げば、慣れた様子でリビングからぴょこんと出てきた姫奈が出迎えてくれる。今日はいつもと違って琥珀色の瞳をパチパチとさせている。
そうなるのは今持っている猫のぬいぐるみを見たからだろう。こうなることは分かっていたが思い通り過ぎて少し笑ってしまう。
「おかえりなさい……って湊斗くんそれなんですか?」
「あぁ、うん。買ってきたんだ」
「え、どうしてですか?」
「まぁ後で言うよ」
自分的にちゃんと姫奈に渡したかったので、とりあえず一通り着替えたりしてから渡すことにした。
袋から取り出して両手で支えるように持つと、猫の抱き枕がだらぁんとして出てくる。なんと見ているだけで人をダメにしそうな抱き枕に変わったのだ。まるで目で感じる覚せい剤のようだ。
興味を持ってくれているようで、買ってきた猫の抱き枕を姫奈は羨むように見ている。
「かわいいだろ?」
「はい。めちゃかわいい猫さんです」
袋から飛び出てきた抱き枕を見て姫奈の顔が緩んでいくのが見える。今にも触りたそうにしていて子供のようなキラキラとした目で待っている。
「どうして買ってきたんですか?」
「実は、姫奈が一人でいる時に寂しいだろうなと思って買ってきたんだ」
「へぇ!」
今更ながらこれはプレゼントなので、渡すとなってくると恥ずかしくなってきて頬が熱を持っていくのを感じる。
猫の抱き枕はいいと思うけど、幼稚扱いしているんじゃないかと怒られるのではないかと思った。
でも姫奈は何も言わずに、プレゼントを貰う前の子供のようにうわぁっと目を大きく広げる。
(こういう所が、何だか見守ってあげたくなるというか)
結構姫奈は子供のような仕草をすることが多い。いつもはきっちりとしていて真面目だけど、これは家でしか見せない姿だなぁとしみじみと感じる。
自分しか見れないような仕草を見せる姫奈を見れることに、こそばゆさを感じていた。その反面、引っ掛かることがあった。
それは父親に虐待されていたのだから男にはトラウマがあるんじゃないかと思う。それを感じさせないほどに、こう素でいてくれるのに少し違和感があった。
「受け取ってくれるか?」
「はい!でも、いいんですか?」
「もちろんだ。姫奈の為に買ってきたんだから」
「ありがとうございますっ!」
かわええなと思いながら、姫奈に抱き枕を手渡した。人気のパフェを見つめる時のようにふはぁ目を輝かせて姫奈は受け取ってくれた。
受け取った姫奈は貰うなり猫の顔を見て口元を緩め、そっと大切そうに抱きしめた。
今の状況が分かるだろうか。これは全人類の男子達が誰が見てもにやけが止まらない最高の光景だ。
異性に興味などないと言っていた自分でもこの状況には感じるものがある。心の奥から変なテンションが沸きあがってくる。
(だって、女神様が自分が買ってきた抱き枕を大切そうに抱きしめてるんだぞ!?やばいだろ!どんなシチュエーションだよ!これはダメなやつだろ!)
自分の顔にニヤケが出てくるのを必死に抑えながら真顔で姫奈の様子を見ている。
当の本人は幸せそうにずーっと抱き枕を抱きしめている。自分の気持ちも知らないで……
(くっ……)
「湊斗くん。これすごく抱き心地いいです」
「それはよかった」
「本当にありがとうございます」
「いえいえ、喜んでくれて何よりだ」
普通に会話してるけど、感謝してほしいぐらいだった。もう俺結構限界だからね!?めっちゃ頑張ってるんだけどさ!てかいつまで抱きしめてんの!?
ただでさえ猫だけでもうろたえていたのに、姫奈の容姿とのマッチ度にもう興奮を隠せなかった。
これはもう癒しだ。こんなつもりはなかったのに、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
もう口元を隠してニヤけてしまおうかとした時に姫奈が追い打ちを仕掛けてきた。
頬っぺたで猫の顔をすりすりし始めたのだ。瞳を閉じて癒されている姿は何と言っていいのか……
思わず目を見開いてしまって我を忘れてしまいそうになる。
(いややめてくれ。もう限界なんだよこっちは!それでその幸せそうな顔は何だよ!?完全に我を忘れてやがるじゃないか!)
まだ買ってきたばかりで洗濯もしていないのに全くと言った感じだ。後で自滅するお決まりのパターンだ。
(どうなるか知らないぞ……)
鼻の奥から何かが出てきそうな、そんな勢いだった。もうこの場所には留まって入れない。
目を逸らしてトイレに行くことにしてその場を回避することにした。
☆☆☆☆☆☆
(やってしまった……)
そんな言葉が浮かんでくるようになっていた。自分の顔が熱くて落ち着かない。変な気持ちで買ってきたわけじゃないのに変な気分になってしまった自分がどうしても許せない気分だ。
まさか急に抱きしめてあんなことをするとは思ってなかった。自分の考えが甘かったのだと色々と思うことはある。
(こんなんじゃダメだよな……)
いつの間にか自分の事を責めていた。
数分経ってからリビングに戻ってみると、猫の抱き枕を横に置いて姫奈は頬を赤く染めてイスに座っていた。ほら、思った通りだ。
(やっぱりそうなるよな)
自分を見るなり、ビクンと体を震わせて今にも泣き出しそうな目でこっちを見つめてくる。
(こういう所が放っておけないというか・・・ずるいんだよな)
本当に子供を見ているような感じだ。自滅して後になって後悔して泣き出しそうになる所が。
「湊斗くん……」
「どうした?」
「見てましたよね?」
「見てたよ」
もうここは否定できないので正直に見てたと言うなり、姫奈はぶわっと一気に顔が赤くなって涙目になった。その顔がまたかわいい。
「私、また夢中になっちゃって情けない姿を見せちゃいました」
「情けなくなんかないし全然いいんだよ。それぐらい喜んでくれたんだって受け取っておくから」
「良くないです。私が」
「結構俺的には嬉しかったんだけどな」
「そうですか……」
控えめに返事をした姫奈は終始視線をずらしていた。
「でも、これで少しは寂しくないかもです」
「やっぱり寂しかったのか?」
「はい……」
「そうか。何かあったらいつでも言ってくれよ。俺はちゃんと姫奈の事見てるから」
「ありがとうございます……」
どこか悲しそうな目をした姫奈の頭を撫でてあげたいと思ったのだが、暮らし始めてまだ一週間しか経っていない同級生に撫でられるのは嫌だろうなと思って自分の中で留まった。
自分もできる限り傍にいてあげたいが、仕事が重なってどうしても傍にいてあげられないのが嫌だった。
(そんな悲しい目をされたら放っておけないじゃないか……)
姫奈は猫の抱き枕を抱えて自分の部屋に置きに行き、それから夜ご飯を作り始めた。今日は和食を作るらしく、いつも通り見ているのは気が重かったので手伝うことにした。