21 女神様のお出迎え&手料理
自分の家に着いてからドアを開けてみれば、微かに今日のメニューが分かるほどの良い匂いが鼻をついてくる。
ほんのりと香るケチャップの匂い。
「ただいま」
普段は誰もいないので、「ただいま」なんて言うのがやけに気恥ずかしかったが、そんな事をかき消してくれるように彼女は出てきた。
「おかえりなさい湊斗くん。今ご飯を作ってますよ」
「あ、ありがとう」
キッチンからぴょこんと出てきた姫奈はピンクのエプロンを着けて、満面の笑みで出迎えてくれた。
お出迎えしてくれる人がいるのは何年ぶりかの事で、祖父母の家にいる時にはいつも祖母が迎えてくれたことを懐かしく思う。それと同時にこの状況に少しドキッっとした。
(なんだろう、この溢れる新婚生活感は……)
エプロンでお出迎えなんて漫画やアニメの世界だけだと思っており、自分にとっては生前の母も祖母もエプロンを付けずに料理をしていたので、初めての経験だった。
エプロンを着けているだけで溢れる新妻感に、妄想してしまった自分が情けなく思える。
それから姫奈は自分の持ち物を持ってくれようとしたが、ここは自分でやるとお断りしておいた。
テーブルで出来上がるのを待ちながら、ふと横目で姫奈を見てみれば手際よく料理をしているものの少し苦戦してるようにも思える。
ご飯作りを分担したものの、なんだか自分だけが何もしていないことが申し訳なくて席を立った。
「姫奈、手伝えることないか?」
「いえ、湊斗くんに申し訳ないですから。料理当番も分担したわけですし、湊斗くんも疲れているでしょう?だから席に座ってゆっくりしていてください」
「あぁ……」
一瞬、姫奈の優しさに付け込んでしまいそうになったが、全然疲れてなかったし、むしろやってあげたいように思えたので、何かしら手伝えるようなことはないかと考える。
それで思いついたのが、明らかにオムライスを作っているようで、チキンライスを皿に盛りつけているのが見えたので、次は卵だなと思い、冷蔵庫から卵を取り出した。
すると彼女は、何か見抜かれたかのように眉を上げた後、ムスッとしたように口をとんがらがせる。
「ちょっと、湊斗くん話聞いてました?座ってくれてていいんですよ」
「いや、俺だけ座っているのは何だか悪いし、疲れてないから手伝わせてくれ。それとも邪魔かな?」
「いえ、そんなことはないのですが」
半ば強制的のようになってしまったがそれでいいと思った。そのままいても居心地が悪いだけだし彼女の力になりたい。
「湊斗くん作るのうまいですね」
「まぁな」
卵を焼き始めると、隣の姫奈の視線を感じて思わず笑ってしまったが、褒められたことは嬉しい。
普段からこういうことはやっているし、卵を焼くくらいならお安い御用だ。
焼き終えてから、チキンライスの上に卵を乗せようと火を消したら姫奈が指を指す。
「こっちにのせてください」
指を指していたのは、二つ皿があるうちの小盛の方の皿だった。明らかに姫奈が食べるように盛られたチキンライスだったが、何の意図があってこっちにのせてと言ったのかはよく分からない。
ひょいっとのせてみれば、良い感じに卵が広がって綺麗なオムライスが出来た。
「盛り付け上手ですね」
「ありがとう」
それから二枚目を焼こうと卵を割ろうとしたら姫奈が自分の手を止めてきた。
「二枚目は自分で焼きます」
なんとも真剣な目で見られたので何かあるのかと思いながら、「いや焼くよ?」と言ったら「いいえ焼かせてください」と断られた。
ここまで言われたらさすがに引くしかなかったが何の意味があるのか分からない。
姫奈はそのまま卵を焼き始めた。日頃から料理をしているんだなと思えるほどの慣れた手つきだ。
焼き終わってからの盛り付けも慣れた手つきで、チキンライスの上にそっと卵を盛りつける。こちらもちゃんと覆いかぶさっていて、中のチキンライスが見えないほどだった。
「綺麗だな」
「ありがとうございます。これは、湊斗くんの分ですからね」
っ!?
オムライスを見ていたので顔は見えていなかったが、微笑みながら言っているような口調で姫奈はそう言った。一瞬だったのでその言葉に何を返していいか分からなくて返事が出来ない。
(俺の分を作るために交代したのか?)
そんな事をわざわざする必要があるのかと思うとそう思わないが、明らかに自分の分を作るために誘導したように思えた。
なんの意味があるのか分からなかったが、ようやく理解したような気がした。
(百パーセント自分が作ったのを食べさせたかったのか?)
こんなことを考えるのは、同居が始まってからそんなに経ってないというのだから違うように思えたが、この答えしか見つからなかった。
それから姫奈は、何だか嬉しそうに出来たオムライスをテーブルに運んで、「早く食べましょう」と自分を席に座るよう促す。
本当に何を考えているのか分からない。
「ケチャップかけますね」
「あぁありがとう」
こういうケチャップをかけてもらうのには何だか期待してしまう自分がいる。なんせ相手は女の子だし女神様なのだからどんなデザインでかけてくれるのかと。こんな経験メイド喫茶ぐらいしかできないだろう。
結果はいたってシンプルなしましまの模様だった。期待してしまった自分がバカみたいで、自爆してしまった。
こうして出来上がったオムライスを一緒に「いただきます」と言ってから一口、口の中に放り込んだ。
食べた瞬間、やや半熟気味の卵がケチャップがしっかりとついたチキンライスと絡み合って、こう、なんというか口の中でお見合いでも始めたかのような味だ。
昔から食レポが下手だが、要するに言葉に出来ないほど美味しくて舞上がってしまうような味だ。オムライスは好きなメニューの一つだが、普段自分が作るのとは段違いの味だった。これは、作ってもらったからではなく姫奈の腕が作った極上の味なのだと思う。
姫奈が心配そうに眼を泳がせながらこちらを見ている。
「美味い、美味しいよ!姫奈が焼いてくれた卵がいい感じの焼き具合で、チキンライスにちゃんと味が付いていて良い」
「それはよかったです。嬉しい。ありがとうございます」
姫奈は、ほっとしたように一息ついてから、褒められた子供のように笑った。
素直に美味しいと思えるほどだったので感謝はちゃんと伝えるべきだと思った。これからもこんな料理が食べられると思うと、何だかテンションが上がってくる。
スプーンを持っている手が止まらなくてあっという間に完食してしまった。姫奈は嬉しそうにこちらを見つめて微笑む。
「湊斗くんは美味しそうに食べてくれますね」
「実際美味しかったから、自然となったまでだ」
「嬉しいです」
「おう」
まるで、女神のような優しい顔でニコリと笑ったので、何だかこちらまで嬉しくなってきた。
こうして、初めての女神様の手料理と夕食が終わった。食事中に聞いたことだが、自分の卵の焼き加減もちょうどよかったらしい。