20 湊斗は顔に出ている。
「湊斗~なんか顔がニヤニヤしてないか?」
「してねぇよ」
「嘘だぁ」
伊織の方が分かるほどのニヤニヤな顔をしながらこちらに話かけてきたので、目を細めてそれはあんただろっと視線を送っておく。
別に何も考えていなかったし、普通にいただけなので何も顔に変化はないと思うのだが、伊織のことなのでまた何か企んで冗談で言っているに違いない。
伊織に姫奈と一緒に暮らす事を言ってから数日が立っていたので、もうそろそろ一緒に住み始めた頃だろうと感づいていたのだろう。
そういうところが変に鋭いし、当たっていることが多いためこちらとしては厄介なのだが。
「もしかして、朝霧さんと暮らし始めちゃったとか?」
「うるせぇ」
「えぇ~湊斗くんは分かりやすいな~顔に出ちゃってるし、否定しないだなんて」
ここまで言われてしまうとさすがに無表情ではいられなくなったため、そっぽを向いて隠したつもりだったのだが、伊織に感づかれてしまった。
もう最高級にウザい顔が近づいてきていたので、耐えられなくなって肩をつかんで睨みつけておく。
伊織はほほーんという顔で笑っていて効果はいま一つだったようだが、現状他に手を出すことは出来なかった。
「ふんで、どうなんだよ。朝霧さんとの生活は」
「まだ昨日の夕方からだし、別に何でもなく普通だよ」
「えぇ!嘘だろ!二人で暮らし始めたら最初はなんかあるだろ!」
「なんもねぇよ」
「おい湊斗!嘘ついてもすぐバレるんだからな!」
「だからなんもなかったてば」
何もなかったわけではないが、さすがに女神様が自分のベットで寝ただなんて伊織には言えない。あれは、回避できないことだったので故意にやったわけではないし、自分としてはどうしようもなかったのだから。
今この状況で伊織に言うと、自分の理性に限界がきそうだったのでとりあえず歯を食いしばりながら平然を装う。
伊織はムスッとしながらも、さすがにこの程度で諦めるような男ではなかった。
「湊斗……俺たち友達だよな」
「やめてくれそういうの」
「えぇん、やめないいい、湊斗くん教えてよえぇん」
「だからなんもねぇって。ほら皆見てるぞ」
今度は駄々をこねる子供のようにおねだりをしてきて、あまりの伊織の変な行動に、周りが人間を見る目とは思えないほどの凶器の目を向けてきたので、こちらも思わず冷汗がつたった。
伊織は、恐る恐る周りを見てひぃっと言い、自分に抱き着いてくる。
「湊斗、殺される」
「皆ひどいなぁ」
「ひどい。ひどすぎる。今度、お前らに正体をバラシて見返してやるんだからな。湊斗は優しい。神!」
カタコトで話して、自分の頭を撫でてきたがこれも自殺行為だったことをまた彼は気づいてなかったらしい。
伊織も本当はかっこよくていい奴なんだけど、身分上の制約で本当に損してるよなって思う。学校外ではバリバリに人を助けてるし、こんな性格でも人思いでいい奴なのに。
伊織の性格の良さはみんなに気づいてもらいたがったが、そうなると今度は自分が一人になるのでそれは嫌だなという思いの方が強かった。
それからというものの、伊織が周りの圧に耐えれなくなり教室から出て行った為、その話は自動的に終わりとなった。
☆☆☆☆☆☆
放課後に治安維持署に向かえばもう一つの試練が待っている。この日に限って維持署への道のりが短く感じて、やけに行きたくないと感じてしまうのはあの人がいるからだろう。
こんなにも憂鬱な気分を抑えながら、維持署に向かう道を歩くのはいつぶりだろうかというほどに心が逝ってしまっていた。
そんなこんなで維持署についてドアを開けてみたら、明らかにこちらを向いている視線が見えた。きっと本人は自分が来る時間帯を大体分かっていると思うので、まだかまだかと待ちわびていたのだろう。
やっときたと言わんばかりに猛スピードでスタスタスタっとこちらに向かってきて、その人小林先輩が前に現れた。
「こんにちは。小林先輩」
「どう?どうなのよ?湊斗くんどう?」
今の小林先輩の表情は、超高級ステーキを頼んでやってきた時の顔に近いと思う。自分が来るのを待ちわびていたように挨拶までも忘れて興奮しているらしい。こうなることは予想がついていたが、過去最強クラスでこちらを見ている。
(まいったなぁ)
周りの隊員は横目でこちらを見ているものの知らんぷりだ。小林先輩は基本的に自分にしか絡んでないようなので、皆また湊斗が絡まれとるわいみたいな感じなのだろう。
普段からこのテンションに戦っている自分にとっても今日は散々な結果になるだろうと恐れていた。きっと今日の星座占いは自分の生まれた月が最下位だろうと思えるほどに。
今日のラッキーアイテムはなんだろうと思いながら、小林先輩を一旦落ち着かせて面談室へと誘い込む。
面談室に入っても興奮は止まらないようでうきうきソワソワとしていて、それからこちらに満面の笑みを浮かべてきた。
(もう逝き過ぎてるよなこの人)
ジト目で見つめていたら小林先輩が口を開いた。
「何かあった?」
「なにもないですよ」
「ないわけなくない?」
「まだ一日も経ってませんから」
「え、なんのこと?」
「うぅ」
あまりのウザさに白目をむくしかなかった。というか伊織の事もあって、理性がもう限界を迎えそうだった。
とぼけるなと言わんばかりに小林先輩を睨みつけてみても彼女にはなんの効果もないようだ。
「ごめんね、茶化しちゃって。でもね湊斗くん、嘘はついちゃいけないよ?顔に出てるんだから」
「えぇ」
伊織にも言われたことだが、まさかここでも言われるとは思ってなかった。平然を装っているのに一体自分の顔のどこがおかしいのか。
今の小林先輩の眼差しは、まるで自分じゃない違うものを見ているかのような目だ。そんな目でこちらを見られると恥ずかしいのだが。
「僕の顔のどこがおかしいんですか?どうせ、何か言わせようとしているだけではないですか」
「違うよ~湊斗くんには分からなくていいから」
「はぁ」
いや絶対そうだろと思いながら、何も掴めなかった自分に後悔する。もうこの人に聞いてもなんも答えてくれないだろう。
「まぁまずね、女の子二人と生活し始める時点で何かイベントが発生するのは必然的なのよ」
「はぁ、例えばなんですか?」
「一緒にお風呂入ったりとか」
「僕たちの事なんだと思ってるんですか!?まだそこまでいくわけないでしょ」
「えぇ、この前見たアニメ一緒に入ってたんだけどなぁ」
「それ絶対付き合ってからしてることですよね!?」
というか、普段からなんのアニメ見てんだと思いながら、一瞬小林先輩を軽蔑の目で見そうになった。当の本人はニヤニヤしているが何を考えてるのかさっぱり分からない。
「今日は書類取りに来ただけですし、もう、ひめ、いや朝霧さんがご飯作ってくれていると思いますので帰りますね」
「ほぉ、もう名前呼び……しかもご飯作ってもらってるなんて……」
「くっ」
彼女のニヤニヤ具合はSNSに載せて全世界に拡散したいぐらいのものだったが、そんなことは出来ないので気にせず立ち上がって面談室を後にした。全くこれだから。
こうして、あきれながらも自分の家に帰ることにした。




