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19 二人で朝食と女神様のお見送り

「美味しいです。湊斗くん」

「それはどうも」


 姫奈は小動物みたいにパクパクと目玉焼きトーストを頬張っている。

 自分の作った料理を祖父母以外に食べさせたことがなかったので、目玉焼きとベーコンを焼いてトーストに乗せた簡単なものだったが、美味しいと言われて嬉しい。

 

「卵が半熟とろ~りでこしょうが絶妙に効いていて、んんぅ」

「美味しそうに食べてくれて何よりだ」

「自然とこうなっちゃうんですよ」


 話し方が感じたままをそのまま口に出しているようで、普段のちゃんとした姫奈と違っていて笑いそうになってしまったが、そんなに美味しいのか?と心の中で半信半疑となった。

 美味しいと思ってもらうに越したことはないが、今の姫奈の顔がとても幸せそうで凝ったものではないのにと思ってしまっただけだ。

 ここは素直に喜んでくれていることを受け取っておこう。

 

 自分も食べることにして口に入れると、当然普段食べているのと変わりない味だったが、一人で食べている時よりも何だか美味しく感じる。


 普段、朝食と夕食は基本的に一人だったし、あっても昼食を伊織と食べるか、夕食を四番隊のメンバーと食べるくらいだったので、家で食を人と共にするのは初めてのことだった。


 別に当たり前のことだと思っていたので寂しいなんて少しも思っていなかったが、人がいると味の感じ方が変わるんだなと痛感させられる。


 尚更、自分が作ったものを幸せそうに食べてくれている人が前にいるのだから、自然と自分の口元が緩んでいって嬉しく感じた。

 

「湊斗くん。何笑ってるんですか?」

「いや、何でもない」


 姫奈が顔を上げて何やら怪しい顔で見つめてくるので「そんな気持ち悪いことは考えてない」と言っておく。

 不思議と女神様と一緒に食べている感覚はなくて、普通の人と食べでいる感覚の方が強かった。

 こういうのもいいなと思えた瞬間だった。


「私、普段から一人で食べることが多いので、今一緒に食べてくれる人がいて嬉しいですよ」

「そうなのか?」


 未だに幸せそうに頬を緩めてトーストを頬張る姫奈は、自分に向けて笑いかけてくる。

 以外に彼女もそうだったらしい。確かに虐待してくる父親と一緒に食を囲むなんて考えられないかもしれない。

 彼女と同じ感覚が味わえていることに少し不思議な感覚を感じながらそのまま朝食を食べていった。


「ごちそうさまでした。食器は自分で洗いますね」

「ありがとう」

 

 そう言った姫奈は満足そうに食べ終わってから台所に向かっていく。その姿を見ていて何だか幸せな気分になった。

 こうして姫奈との朝食は終わった。


☆☆☆☆☆☆


 軽く散歩をして家に帰ると姫奈は学校のジャージを着ている。突然のことだったので、自分の口がポカンと開いていた。


「なんで学校のジャージを着てるんだ?」

「学校に行っている気分になろうかと思いまして」

「そういうことか」


 平然と立ち尽くしている姫奈を見て少し驚いたけど、学校に行ってない分、少しでも行っている気分になれるならいいなと思った。初めて見る姫奈のジャージ姿は、なんだか他の女子よりも輝いている感じがして学校で目立つ理由がなんとなく分かる。

 学校のジャージを着ていても隠しきれていない姫奈のスタイルは尊敬に値するものだ。

 

「どうかしました?」

「いや、なんだか同じ高校のジャージを着ているのを見て、人一倍他の女子よりも輝いて見えるなと」

「そんなことはないと思いますけど?」

「あるんですねこれが」


 彼女は自分で気づいていないみたいだが、誰が見てもそう思うだろう。男たちがこぞって告白する理由が分かる。


「本当に同じ学校なんだな」

「そうですよ。湊斗くんは私の事、本当に見たことないんですか?」

「失礼だけど、見たことないな」

「……そうですか」


 制服を着てくれたらほんのりと分かるような気がしたが、今はそんなおねだりをするほどではないので頭の中で想像しておいた。

 まぁ結局、見たことはないような感じだったんだけど。


 自分も学校の準備をすることにして、壁に掛けてあった制服をとって脱衣所に行くことにした。

 元々、鏡を見るために脱衣所で着替えていたので、姫奈がいるからリビングで着替えられないという問題ではない。


 一通り着てからある程度鏡で調子を整え、きちんと着替えられていることを確認してからもう一度リビングに戻る。

 すると姫奈が、え?と言わんばかりの顔をしてこちらを向いてきた。


「誰ですか」

「湊斗ですけど」

「嘘つかないでください」

「えぇ」


 学校に行く時はもちろん変装用のメガネをつけているので、顔の印象が変わっているのは自分でも分かっていた。冗談みたいな感じで言われたが顔が半ば真剣だったことが意外だ。

 そんなにいつもと変わるのかと自分は思うのだが、伊織にも普段と顔が違うと言われるので否定が出来なかった。


「これが例の学校でバレないようにしているやつですか?」

「そうだよ」

「結構変わりますね」

「そんなに普段と違うように見えるのか?」

「見えます」

 

 変わっているなら変わっているでよかったのだが、なんだかやるせない気分だ。


「俺の制服姿どう思う?」

「似合ってますけど、メガネは外した方がいいですね」

「えぇ、なんで?」

「メガネ外した方が、その、いい顔してます」


 興味本位で聞いてみたが、制服に関係のないメガネを外した方がいいと言われたのが想定外だ。自分もメガネを外した姿の方が人に見せる顔としてはいいと思っているので素直に受け取っておくことにするが、それでも元の顔はいいとは思えない。


 もうそろそろ行く時間となって、カバンを持って家を出ることにする。姫奈は送ってくれるようで玄関まできてくれた。


「寒くないですか?」

「大丈夫だよ。普段もこの格好だし」

 

 姫奈が心配そうに見ているので、大丈夫だよと視線を送っておいた。

 外は冬の始まりには似合わないような寒さだったが、上着なんて着ていくことがなかったし、普段通り制服のままで行くことにした。

 彼女のお気遣いには感謝だった。


「それじゃ行ってくるわ」

「はい。気を付けてくださいね、湊斗くん。いってらっしゃい」


 ニコリと笑って姫奈は自分の事を送り出してくれた。

 なんだか奥さんでもできたかのようで、平然を装っていたものの内心少しドキドキして家を出た。


(これが毎日続くのか……?)


 そんな疑問を胸に抱きながら、そのまま学校に向かった。

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